[山になった小人]

 昔、とても小さな小人がいました。小人は身の丈が三センチほどで、草むらがうっそうとした林、その辺の池は大きな湖、地面の起伏はなだらかな丘に見えました。小人は花のつぼみを寝床とし、バッタを馬の代わり、草露や木の実を食べて暮らしています。
 小人は自分の小さいことが、大変に不満でした。どんな鳥や動物だって、自分ほど小さいということはありません。おまけに、「ほらごらん。空を飛ぶことも、高く跳ねることも、速く走ることも出来ない憐れな小さな生き物がそこにいるよ」と、みんなが言うのです。
 小人は人一倍気位が高かったので、そうした蔑みには耐えられませんでした。そうして、いつか見返してやろうと思っていたのです。「そんなことはないよ」と、虫たちは言いました。
「あんたはクモのように器用に糸を編むことも出来れば、蝶のように上手に踊ることだって出来るじゃないか。あんな者たちの言うことなんて聞くことはないよ」
 けれど小人は、そんなことには耳を貸しません。小人はただ、大きくなっていつかそうしたものたちを見返してやりたいと思うだけでした。
 そんなある日のことです。
 小人が森で食べ物を探していると、不思議な光景に出会いました。それは草むらの少し開けたところで、妖精たちが輪になって何か踊っているのです。
「大きくなあれ、大きくなあれ
 のっぽのスギより、太っちょのブナより
 大きくなあれ、大きくなあれ
 天衝く星まで届くように
 小さかったら靴屋の子供
 中くらいならお城の兵隊
 大きかったら森の王様
 だからクヌギよ、大きくなあれ」
 妖精たちはそんな歌をうたいながら、輪になってくるくると踊りまわっています。手を振り、足でステップを踏み、妖精たちは踊っていきます。
 するとどうしたことか、輪の中心の地面の辺りから、ひょっこり植物の芽が生えてきました。芽は妖精たちの踊りにあわせてみるみる大きくなっていきます。小さな葉が出来たかと思うと、次には空に向かってずんずん伸びていき、枝を四方に伸ばしたかと思うと、葉を一杯に茂らせます。
 そして小人が見るうち、小さな芽はあっという間に立派なクヌギの木へと成長してしまいました。
 小人があまりのことに呆気にとられているうち、妖精たちは透明な羽を動かして、どこかへ行ってしまいました。小人が我に返ったときには、もうその姿はどこにもありません。
「あの踊りはものを大きくすることが出来るんだな」
 と小人は思いました。とすれば、これを利用しない手はありません。
 家の近くにまで戻ると、小人はさっそくさっきの踊りを真似てみました。右手を振り上げ、左手を回し、足で互い違いのステップを踏み、くるりと体を回します。
 それから歌もうたってみました。「大きくなあれ、大きくなあれ」そして最後のところだけを、「だから小人よ、大きくなあれ」と言います。
 何度も踊り、歌っているうち、小人は歌も踊りもすっかり覚えてしまいました。そうすると後はもう、両方をいっぺんにやってしまうだけです。
 するとそこへ、一匹のテントウムシがやって来ました。テントウムシは小人の踊る様子を見ていたらしく、そのことについて訊ねます。
「あれはものを大きくする踊りさ」
 と小人は答えました。
 それを聞くと、テントウムシは顔を曇らせました。テントウムシは普段の小人のことを知っていて、小人がどんなつもりで踊りを踊ろうとしているのか分かったのです。
「それは止めておいたほうがいいな」
 とテントウムシは言いました。
「何故だい?」
 小人は眉をひそめます。せっかく大きくなれるというのに、一体何がいけないというのでしょう。
「私たちは小さい。でもそれで何がいけないことがある。私たちはこの広い世界を自由に飛び回ることが出来るし、食べ物に困ることだってない。私たちは小さいし、これからだって小さいだろう。でもそれでいいじゃないか。大きくなったって、世界が窮屈になるばかりで、自由を得ることは出来んよ」
 けれどもちろん、小人はテントウムシの忠告などは聞きません。
「僕はあの高慢ちきの鳥たちや、無神経な動物たちを見返したいんだ。そのためには何としても、大きくならなくっちゃいけないんだ」
 小人の言葉を聞いて、テントウムシは説得することを諦めなくてはなりませんでした。テントウムシはため息をつくように首を振って、その場を去っていきます。
「きっと後悔することになるよ」
 とテントウムシは最後に言いました。
「なんだい、あんな老いぼれ」
 小人は思いました。
「背中に少しばかり斑点があるからっていい気になりやがって。僕の気持ちなんて誰にも分かるもんか」
 ひとしきり腹を立ててから、小人は出来るだけ開けた場所に向かいました。そこでさっそく、踊りを踊るつもりだったのです。
 池のほとりまでやってくると、小人は一二度ステップを踏み、歌をうたいました。そうして調子を整えると、さっそく踊りをはじめます。
「大きくなあれ、大きくなあれ
 のっぽのスギより、太っちょのブナより
 大きくなあれ、大きくなあれ
 天衝く星まで届くように
 小さかったら靴屋の子供
 中くらいならお城の兵隊
 大きかったら森の王様
 だから小人よ、大きくなあれ」
 歌にあわせて、小人は手を振り、足を動かし、体をくるりと回します。小人はまるで風に舞う花びらのように、軽やかに踊りました。
 そしてしばらくするうち、小人の体には変化が現われはじめました。背が伸び、手足が太くなり、体が大きくなりはじめたようなのです。ついさっき頭のところまであった草むらはみるみる小さくなって、今では目の下に広がるばかりでした。
 小人はすっかり嬉しくなって、なおも踊り続けます。それにつれて体はどんどん、どんどん大きくなっていきました。
 小人の大きさは、小さな子供くらいになりました。
 もう虫たちは手のひらに乗るほどの大きさでしかありません。
 小人の大きさは、人間の大人くらいになりました。
 木の枝の実にだって、手を伸ばすだけで簡単に届きます。
 小人の大きさは、小さな木立くらいになりました。
 動物たちは一掴みにするほどの大きさでしかありません。鳥たちはびっくりして、一目散に逃げ出してしまいます。
「あはは、みんななんて小さいんだろう」
 小人は得意でなりませんでした。何しろ今まであれほど大きかった世界が、今ではほんの少し頭を巡らすだけでみんな見えてしまうのです。草むらは短い芝ほどもなく、池はほんの小さな水たまりに過ぎません。
「世界がこんなにも小さかったなんて」
 小人は愉快でなりませんでした。
 ところが、そうした景色はますます小さくなっていって、小人の体は大きくなり続けていきます。小人がとめようと思っても、どうにもなりません。小人は森で一番高い木よりもなお高くなって、とうとう雲に手が届くほどの大きさになってしまいました。
 小人がはるか下を見下ろすと、森はうっそうとした草むらのように見えます。そしてそのうちの何本かは、小人が大きくなったせいで、折れて地面に倒れていました。
 そうなると大変です。
 小人はろくに動くことも出来ませんでした。何しろ足を動かすと、どうしても木を踏み倒さずにはすまないのです。だけでなく、小さな虫や、動物たちだってふんずけてしまうかもしれません。
 そうして小人が困っていると、鳥たちがすぐそばによって来ました。
「まあ、なんて大きな図体だい」
 と、鳥たちは呆れています。
「こんなところに突っ立っていられたんじゃ、邪魔でしょうがないよ。さっさと他所へ移っておくれ」
 小人には何とも返事の仕様がありませんでした。動こうにも動けないのです。小人にはどうしてよいか、分かりませんでした。
 それからしばらくの間、小人はじっとそうしていました。鳥たちは迷惑そうに小人の周りを飛び、誰も小人に話しかけてやるものもありません。誰もが小人のことを邪魔な奴だと思っていました。
 小人は何だか、いたたまれなくなってきました。小人は今こそ、テントウムシの言葉を思い出しています。世界はとても窮屈で、不自由でした。
 小人は自分が小さかった頃を思い出しました。蕾の寝床や、葉っぱの舟や、たんぽぽの綿毛の風船。どこまでも広く、自由だった世界。けれどそこはもう、小人の世界ではありません。
 しばらくして、小人はともかくここを離れることにしました。そこに、小人の居場所はありません。そこにいても、小人はみんなの迷惑になるばかりでした。
 小人は慎重に足場を選んで、出来るだけ何もないところを歩いていきます。でもそれは、とても難しいことでした。小人が歩くたびに地面が揺れ、何本かの木が折れます。そして鳥や動物たちは逃げ惑いました。
「みんなが小さすぎるんだ」
 と、小人は言いわけをします。小さかった頃、どんなにか望んだその言葉はけれど、もう呪わしいものでしかありません。
 小人はようやくのことで森を抜けると、草原を歩き、とうとう誰もいない岩ばかりの場所へとやってきます。そこは本当に寒々として、物音一つしないような場所でした。
 小人はそこに座り込んで、思いっきり泣き出しました。小人はいまや、まったくの一人ぼっちです。一緒に遊んでくれるものも、小言を言ってくれるようなものもありません。
 誰もが小人を恐れ、そのそばから離れていくのでした。
「こんなことなら小さいままのほうが、よっぽど幸せだった」
 と、小人は思わずにはいられませんでした。小人は泣いて、泣いて、泣き疲れて、とうとう膝を抱えたまま眠ってしまいました。小人は眠ったまま、もう起きたくないと思いました。
 小人はまるでそのまま、山になってしまったようです。

 ……。
 長い、長い、時がたちました。
 小人はふと、目を覚まします。何やら、いろいろな物音が聞こえてきたのです。けれど、どういうわけか体が重くって、辺りは真っ暗でした。
「どうしたんだろう?」
 小人はわけが分かりませんでした。一体、誰が自分のそばに寄ってくるというのでしょう。こんなにも大きくて、邪魔な自分の。
 小人は慎重に目だけを動かして、辺りをうかがいました。すると驚くことに、辺りはうっそうとした森に覆われ、虫や動物たちがそこを走り回っています。
 一体、何が起こったというのでしょう。
 小人はじっとしたまま、なおも辺りを見回しました。すると森と見えたのは、いずれも自分の体から生えているようなのです。小人の体は全身が木々や草に覆われ、そこに動物たちが暮らしているようでした。
 そうです。小人が長い時間を眠っている間に、その身についていた植物の種が芽を吹き、森を作ったのでした。そして恵み豊かな森には、動物たちがやってきます。いまや小人の体の上を、動物たちは走り回っているのです。
 小人は何とも言えないような、ほっとした気持ちになりました。小人は決して、みんなの邪魔者ではありません。それどころか、小人がいなくなっては困るものが今では大勢いるのです。小人は何だか、幸せな気持ちになりました。
「僕はこのままでいたほうがいいな」
 と小人は思いました。小人はそっと目を閉じて、決して動かないでおこうと思います。小人はこのまま、山になってしまおうと思いました。
 目を閉じると、小人の耳には木々のざわめきや、動物たちの鳴き声、虫の物音などが聞こえてきました。
 そして小人は、幸せな気持ちのまま、眠りについたのです。

――Thanks for your reading.

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