[忘れられた王子]

 昔々、ある所に十一人も子供を持った王様がいました。十一人は上からフェール、セーレ、マリト……、でもこの話に出てくるのは十一番目、末っ子のリリールですから、他の兄弟の名前は省くことにしましょう。
 子宝に恵まれるといっても、十一人もいるとなかなか大変なものです。おまけに王様は何かと忙しい身分なので、十一人がそろっていても、そのうちの一人か二人はいつも名前を間違えていました。
 ある日のこと、リリールは王様の冠に蛙を入れておくといういたずらをしました。王様は謁見のためにその冠をかぶって広間に出ましたが、蛙のことにはまるで気づかない様子です。
 脇からそっとのぞいていたリリールは、確かに蛙を入れておいたはずですから気になって、
「お父様、今日は頭の具合はおかしくなかったですか?」
 と後で訊いてみました。
「いいや、まるで蛙が跳びはねるようによく頭が働いたよ」
「じゃあそれは僕のおかげだね。だって冠の中に蛙を入れておいたのは僕だもの」
 リリールが言うと、王様は途端に渋い顔になって、
「このいたずらはお前の仕業だったか。まったく、とんでもないことをする小僧だ」
 と、いたずらっ子をしばらく牢屋に閉じ込めておくことにしました。
 リリールはお城の地下牢に入れられて、鉄格子には鍵がかけられました。毎日上等の食べ物は運ばれてきましたが、なかなか牢屋からは出してもらえません。とはいえ、悪いのは自分のほうですから、リリールには何とも言うことはできませんでした。
 ところが、王様のほうではリリールのことをすっかり忘れていたのです。何しろ十一人も兄弟がいるのですから、一人くらいいなくなっても気にはとまりません。たまに思い出したとしても、どこかで遊んでいるのだろうと思って、それっきりです。
 そうして王子のことが忘れられたまま、長い年月がたちました。
 こうなるとリリールのほうでもいい加減に牢屋暮らしに退屈してきて、外に出たくなってきました。
 そこで、いつも食事を運んでくる兵士に、身につけていた指輪をやって外に出してもらうことにしました。
「お城の馬小屋にはセルンドルフというしゃべる馬がいます。この馬を連れて行けば、道々良い知恵を貸してくれることでしょう」
 と、兵士は親切に教えてくれます。
 リリールはさっそく王様の馬小屋に行って、奥にいた真っ白い馬を連れ出しました。そして、ひらりとまたがると、風のような速さでお城を飛び出してしまいました。
 しばらく行くと、リリールは馬の足を落として、
「さて、これから一体どこに行こうか」
 と独り言を呟きました。すると馬のほうではこれを聞いて、
「まずは服を変えること。その服ではあまりに目立ちすぎるから」
 と助言をしました。
 リリールは馬の言うとおり、森の中で一人の狩人と出会うと、さっそくその服と自分のを交換してもらいました。狩人はおまけに自分の弓と矢までリリールに譲ってくれたのです。
「これで僕も一人前の狩人だな」
 リリールは喜んで、それから森の動物を捕まえて暮らすようになりました。
 狩りをしながらいろいろな土地を回るうち、リリールはあるお姫様の噂を聞きました。なんでも、そのお姫様は美しい二つの瞳を奪われてしまって、王様はその二つの瞳を取り返した者に、お姫様を嫁にしてくださるというのです。
 その話を聞くと、リリールはお姫様に一目あってみたくなって、さっそくその国に出かけてみることにしました。例のしゃべる馬、セルンドルフは空を飛ぶような速さで、三日と立たずにその両目をなくしたお姫様の国へとやって来ました。
 リリールはお城を訪ね、自分は旅の狩人だが面白い話をいくつも知っているので、王様のお耳よごしに是非ともその話を聞いてもらいたい、と申し出ました。
 王様はこの若い狩人の様子を気に入って、姫を連れてその話を聞くことにしました。
 リリールはセルンドルフから他の人間の到底しらないような話をたくさん聞き知っていますから、それを上手に話して聞かせました。
 王様もお姫様も、それから近くに仕えていた人たちも、今まで聞いたこともないような話を面白おかしく聞いていました。そうしてリリールには褒美としてたくさんの金貨が与えられることになりました。
「それにしてもなんて美しい娘さんだろう!」
 とリリールはお姫様を見て思いました。その美しさは太陽だってきっと恥ずかしくて顔を隠すに違いありません。
「王様、私はそんな宝などは少しも欲しいとは思いません」
 とリリールは言いました。
「では、なにが望みだというのか?」
「王様のお姫様を頂きたいと思います」
「しかし、それには二つの眼を見事持ち帰ってこねばならん。それ以外には、決して娘を渡すわけには行かぬ」
「それなら私が必ずその瞳を取り返してご覧に入れましょう」
 そう言って、リリールは王様の御前から離れました。
 リリールはセルンドルフにまたがると、さっそくお姫様の美しい瞳を探しに出かけました。そして行く先々で光り輝く美しいものをたくさん見かけましたが、どれもお姫様の両目とは違います。
 ある時、リリールが池のほとりで休んでいると、どこからか声がします。じっと聞いていると、その声はなにやら助けを求めているようでした。
「旅の人、どうか私を救ってください」
 と声は言っています。リリールが注意深く辺りの様子をうかがうと、声は池のほとりに生えている花のつぼみの中からするようでした。
「どうか私をこの中から出してください」
「それはいいけれど、その前にどうして君がそんなところにいるのか、理由を話してくれるかい?」
「それは……」
 と花の中のものはなにやら話したくないようでしたが、代わりにセルンドルフが何もかも説明してしまいました。
「そのつぼみの中にいるのは小さな一匹の妖精。彼女は妖精の掟を破って命のない飾り物(金属の細工物)を身につけ、その罪としてつぼみの中に閉じ込められている」
 リリールはそれですっかり事情が分かりましたが、なんとはなしに妖精が憐れに思えて、助けてやることにしました。花に日陰を作っていた木の枝を切り払って陽の当たるようにしてやると、花のつぼみはゆっくりと開いていきます。
 妖精は花から飛び出すと、リリールにお礼を言って、久しぶりの外の世界を気持ち良さそうに飛んでいってしまいました。
 リリールとセルンドルフはそれからまた、お姫様の二つの眼を探して旅を続けます。
 そしてとうとう、二つの美しい瞳をある国の女王が持っているという噂を聞きました。リリールはさっそく馬を駆って、その国へと向かいます。
 国へとやって来ると、リリールはすぐに女王の城へと出かけました。ところが、女王はリリールの姿を見ると、すっかり気に入ってしまい、是非とも自分の手元においておきたくなってしまったのです。
 そこでリリールを城で歓待する一方で彼を一室に閉じ込め、婚礼の準備を始めました。リリールは、もちろんそんな事は露とも知りません。彼はただ、「女王のお加減が優れませんので、しばらく城でおくつろぎください」と言われていただけでした。
 ところが、セルンドルフはこうしたやり取りをすっかり耳にしていました。それで急いで城を抜け出すと、いつぞやの妖精を探しました。妖精を見つけると、セルンドルフは事情を話し、王子にこの事を伝えて欲しいと頼みました。
「私を助けてくれた人が困っているなら」と妖精は言いました。「なにがあっても助けなくてはいけない」
 それで妖精は人間の女に姿を変え、女王のところに向かいました。
 妖精は美しい首飾りを身に着けていました。それは月の光を浴びて輝くような美しい細工物で、女王は何としてもその首飾りが欲しくてたまりません。
「その首飾りを私に譲ってもらえないかしら。代わりに何でも好きなものをあなたに差し上げることよ」
 そこで妖精はお願いしました。
「いいえ女王様、私は何も要りません。ただお城の旅人の部屋に、一晩だけ泊めてください」
 女王は少しためらいましたが、どうしてもその首飾りが欲しかったので、その申し出を受け入れました。
 その晩、妖精はリリールの部屋に泊まったのですが、リリールは女王の用意した眠り薬を飲んで、ぐっすり眠ってしまっていました。それでも仕方なく、妖精は眠ったままの王子に語りかけます。

 私に自由を与えてくださった王子様。
 悪い魔女があなたをだまして、この国に引きとめようとしています。
 しゃべるお馬のセルンドルフが私に教えてくれた。
 けれどあなたは眠ったままで、
 ちっとも気づいてはくれないのですね。

 妖精は一晩中そんなことをしゃべり続けていましたが、リリールは結局一度も目覚めることはありませんでした。そして朝が来ると妖精は嫌でも部屋を出なければならず、リリールに本当のことを伝えることは出来ませんでした。
 次の日も、妖精は同じように首飾りを身に着けて女王の前へと出ました。今度のは太陽の光を浴びて輝くような美しい首飾りで、前のよりなおいっそう美しいものです。
 すると女王は前と同じようにその首飾りがどうしても欲しくなって、妖精は前と同じことをお願いしました。
 ところが、今度も王子様は眠り薬を飲まされていて、真っ暗な夢を見るように深い眠りの中にありました。それでも妖精は仕方なく、眠ったままの王子に語りかけます。

 私に自由を与えてくださった王子様。
 悪い魔女があなたをだまして、この国に引きとめようとしています。
 しゃべるお馬のセルンドルフが私に教えてくれた。
 けれどあなたは眠ったままで、
 ちっとも気づいてはくれないのですね。

 けれどもやっぱり王子は眠ったままで、やがて朝が来ました。妖精はいやがおうでも部屋から立ち去らなくてはなりません。
 妖精は次の日、また同じように首飾りを身に着けて女王の前へと出ました。今度のは星の光を浴びて輝くような美しいもので、前の二つよりなおいっそう美しいものです。
 女王はやはりその首飾りが欲しくてたまらなくなり、話は前と同じようになりました。それで、やはり王子は眠り薬を飲まされていたので、正体もなく眠りについています。妖精はそれでも眠ったままの王子に語りかけました。

 私に自由を与えてくださった王子様。
 悪い魔女があなたをだまして、この国に引きとめようとしています。
 しゃべるお馬のセルンドルフが私に教えてくれた。
 けれどあなたは眠ったままで、
 ちっとも気づいてはくれないのですね。

 そうするうちに朝がやってきたのですが、この日は妖精が太陽にお願いして、少し遅く出てきてもらうようにしていました。ですから、すっかり夜が明けてしまう前にリリールは眼を覚まして、妖精の話をはじめからお終いまで聞いてしまったのです。
 リリールは腹を立てて、女王のところに向かいました。そして妖精から聞いたとおりのことを糾問すると、女王は自分の罪を認めて、代わりに美しい二つの宝石をくれました。それこそ、探し求めていたお姫様の二つの瞳に違いありません。
 リリールは二つの瞳を受けとると、セルンドルフにまたがり、喜び勇んでお姫様の国へと向かいました。
 王国ではリリールの帰還に湧き立ちました。なにしろお姫様の美しい瞳を取り戻してきたのですから。
 姫は二つの瞳を目の中に入れると、周りの世界がはっきりと見えるようになって、その美しさは前にも増して輝くばかりでした。
 リリールは約束通りにお姫様をお嫁さんにもらうと、王様の国を半分継いで、二人して死ぬまで幸せに暮らしたそうです。

――Thanks for your reading.

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