海辺に、巨人が横たわっていました。 それは秋の頃だったのでしょうか。陽射しは不思議に透明で、吹く風はあくまで涼やかです。波の音は穏やかに繰り返し、海辺は眠るように静かでした。 巨人は、少し見ただけでは岩の固まりか何かのように見えます。くすんだ水色の体が、ゴムのようなつるりとした感じの見た目をして、小さくまとまっています。うつぶせになった巨人の顔は、片方の目だけがじっと陸地のほうを見つめていました。 巨人は何をするでもなく、横たわっています。 海鳥たちがその上を歩き回ろうが、蟹がそのはさみでつつこうが、死んだように身動き一つしませんでした。けれどその目が時々閉じたり開いたりするところを見れば、死んだわけでも、眠っているわけではないことが分かります。 巨人がそうしていると、一人の少女がやって来ました。近くの村に住んでいるのでしょうか、少女は普段着のような白い服を着ています。そして巨人に気づくと、その目の近くに座りました。 「あなたは、だあれ?」 と、少女は少し舌足らずな言葉で訊ねます。巨人はそれに対して、わずかに驚いたような、不思議そうな様子でまばたきをするだけでした。 「あなたはどこで生まれて、どこへ行こうとしているの? あなたの望みはなあに? こんなところで何をしているの? あなたのこと、あたし、なんにも知らないの」 少女はひざを抱えて、巨人の目をのぞき込みます。 けれども巨人は何も答えようとはしません。まるで長いこと黙っていたので、口の利きかたを忘れてしまったようです。ただその目だけが、眠るように、まどろむように、ぼんやりと少女を見つめるばかりでした。 「あなたはいつからここにいるの? いつまでここにいるの?」 少女は小首をかしげるように訊ねます。 「一人でいるの? 寂しくないの? お母さんやお父さんはどこにいるの? 風邪はひかない? お腹はすかないの?」 巨人は黙ったままでした。言葉はまるで、見えない液体を振りかけられて、むなしく空気に溶けていってしまっているようでした。 少女は立ち上がって、巨人にそっと触れてみました。その感触は冷たくて、けれどその冷たさは、普通の冷たさとはまるで違った冷たさでした。 「あなたは、どうしてここにいるの?」 少女は呟きます。 その時、海の向こうに夕陽が沈んで、辺りはみるみる真っ赤に染まっていきました。と同時に、巨人がゆっくりと身動きをします。 巨人は立ち上がると、その背中に一対の大きな翼を生やしました。そしてその具合を確かめるように、何回か小さく羽ばたいてみます。 「行っちゃうの?」 少女は悲しそうな、心配そうな顔で訊ねました。 「――」 巨人はほんのかすかに少女のほうを見て、それから海のほうに向かって飛んでいきました。少女の見るうちに、巨人の姿はみるみる小さくなって、やがて一つの点となって、消えてしまいます。 後にはただ、薄紫色の空が残るばかりでした。
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