[鳥が歌う理由 〜風〜]

 昔々、風はとても上手に歌を歌っていた。彼が歌をうたうと誰もが立ち止まってその歌を聴かずにはいられなかった。彼の歌は魔力でも持っていたみたいに人々をひきつけたのだ。
 もちろん、風というのは気まぐれだから、いつでもどこでも歌うというのではない。彼は気の向いた時に吹き、気の向いた時に歌った。だから人々はいつも彼の歌を求めたし、彼の多少のわがままにも目をつむっていた。
 彼は自分がどれほど素晴らしい歌をうたっているのかを知っていた。
 そして、鳥にはそれが妬ましかった。鳥はといえば、奇妙な形の両手をして、何の取柄も持っていなかった。彼には上手に歌うことも、上手に踊ることもできなかった。
 だから鳥はある日、風の歌を盗み出す決意をした。
「そんなこと、おやめなさい」
 と魚が注意した。魚は本当に親切心からそう言っていた。
「風は歌うし、鳥は歌わない。それでいいじゃないか。それで何の不都合がある。何にもありはしない。世界はずっとそうだったじゃないか」
「でも僕には歌が必要なんです」
 と鳥は言った。彼の決意は流れる大河のように、誰にも止めることはできなかった。
 鳥は風の住んでいる森の中に入って、切り株の上に置かれていた彼の歌を盗んだ。風はぐっすりと眠っていた。この時間、風がすっかり眠ってしまうのを、鳥は知っていたのだ。
 森を出てしまうと、鳥はさっそく歌を飲み込んだ。すると喉から歌が湧き上ってきて、彼は高らかに歌いはじめた。
 もう誰も僕を馬鹿にすることはできない、と鳥は思った。何しろこんなにも素晴らしい歌をうたうことができるのだ。誰もが鳥の歌を聴き、その歌にうっとりとした。
 でももちろん、ことはそれでめでたしめでたしというふうには行かなかった。
 歌を盗まれた風は、激怒して盗人を探しはじめた。彼はすぐにその不届き者を見つけることができた。何しろ得意そうに、恐れ気もなく歌っているのだ。見つからないわけがなかった。
「今すぐ俺の歌を返すんだ」
 と風はごうごうとうなった。もっともなことだった。
「いやだ」
 鳥は頑なだった。彼の顔は死んでも返さないという決意に満ちていた。
「僕はようやく歌を手に入れることができたんだ。これなしではもう生きてはいけない。これを返すわけにはいかない」
 そう言って鳥は逃げ出した。
 風は鳥を追いかけた。とてつもない風が鳥を襲い、鳥は宙に浮いた。それでも鳥は歌うのをやめなかった。風はいっそう激しく鳥に吹きつけた。
 それで鳥は今でも歌をうたい、風は鳥に吹きつけ、鳥は空を飛んでいなくてはならなくなったのだ。

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