[タヌキの恩返し]

 むかし、加賀の国の稲代という在所に藤太といういたずら好きのタヌキがすんでいました。
 藤太はお化けにばけて子供たちを驚かしたり、お地蔵様に化けてお供えものを盗んだりしています。
 けれど村人は藤太がいたずらをしても、
「また藤太のやつか」
 と怒ったり渋い顔をして見せるのですが、本当はこのタヌキの子供っぽいいたずらを何だか微笑ましく思っていました。
 藤太もそういう村人が大好きで、だから決して性質の悪いいたずらはしませんでした。
 ところが宝暦六年(一七五六)、長雨から稲がほとんど腐ってしまい、村では餓死者が出るほどの飢饉となりました。
 藤太に食べものをくれた与六というじいさまも、いつも棒を持って追いかけまわしてきた権助という百姓も、その年に死んでしまいました。
 藤太はひどく悲しんで、あることを思いつきました。
 葉っぱを頭にのせて人間に化けると、藤太は町へと下りていきます。そして米問屋に向かうと、たくさんの葉っぱを小判に変えて、
「これで米百石を買いたい」
 と言いました。
 米問屋は大喜びです。不作で米が高くなっているときに現金で百石も買おうと言うのですから。おかげで相手がタヌキで、葉っぱの小判だなんて思いもしません。
 藤太は米を買うとさっそく村まで運びました。そしてそれを神社の境内においておきます。
 翌日になると村は大騒ぎになりました。何しろ百石もの米が降ってわいたように現れたのですから。
「ありがたや、ありがたや。これも氏神様の思し召しじゃ」
 と村の老婆は言いました。
 それを聞くと藤太は、「あれはオレがやったのに」と少し寂しく思いましたが、それでも村人がみな喜んでいたので嬉しく思います。
「良いことをするのって気持ちがいいんだな」
 と、藤太は思いました。
 そこで藤太はもう一度あの米問屋に行くことにしました。今度はもっとたくさんの米を買ってこようと思ったのです。
 今度も人間に化けて葉っぱの小判を用意すると、藤太は町に向かいました。
 ところがその頃にはもう先方では藤太の払ったのが葉っぱの小判で、だまされたことに気づいていたのです。
 藤太が米問屋にやってくると、米問屋の旦那は奥に引っ込んで、まず客の持ってきた小判が本物か噛んで確かめました。
 すると小判はあっという間に元の葉っぱに変わってしまいます。
 旦那はかんかんになってその客を棒で滅多打ちにさせました。
 可哀そうに、藤太はぶたれた拍子に術が解けてしまってタヌキの姿に戻ってしまいました。そしてさんざん棒で打たれたすえに、死んでしまいました。
 それからしばらくして、村の人間が用事で町によったとき、米問屋の軒先に何か吊るしてあるのを見つけました。
 近づいてみると、それは驚いたことにあのいたずらタヌキの藤太だったのです。
「これは一体、どうしたことだ」
 と村人はわけが分かりませんでした。
 それを見かけた米問屋の旦那が、
「そいつはひどい悪党で、葉っぱの小判でうちの米を買いやがったのさ。おまけに図々しいことに何食わぬ顔でもう一度きやがった」
 と憎々しげに言います。
 村人ははっとして、あの時の境内にあった米のことを思い出しました。そしてあらためて藤太に感謝すると、無理を言ってその亡骸を引き取らせてもらいました。
 村に帰るとみなが真実を知ることになりました。村では誰もが涙を流し、藤太の亡骸は丁重に葬られ、神社に奉られることになりました。
 稲代村では今日でも、神社の境内には狛犬の代わりにタヌキの石造が置かれているそうです。

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