[失敗例 ―巨人の場合―]

 セザール国の森の中には、一人の巨人が住んでいました。森には古くて大きな木がたくさん生えていましたが、巨人が立って歩くと、その木の上から顔をのぞかすことが出来ました。
 巨人の名前は、イカタといいます。
 人々はイカタを恐れて森に近づこうとはしませんでしたが、それはイカタにとって都合のよいことでした。巨人は孤独を好んだからです。
 ある日、王様が狩りの途中、うっかり森の奥深くにまで入ってしまいました。そこにはイカタが住んでいましたから、王様だってうかつには近寄らないようにしていたのです。
 王様は慎重に、あまり大きな音をたてないように馬を戻そうとしました。
 けれどふと耳をすますと、どこからか大きな地響きのような音が聞こえてきます。それは一定の調子をとりながら、規則正しく響いているようでした。
 王様は早く森から出てしまいたかったのですが、その音が気になってしかたありません。音は、右手のほうから聞こえてくるようでした。
 しばらくして王様は結局、その音のほうに向かってみました。でも王様はとても慎重でしたから、近くまで来ると馬から降り、後はそっと音をたてないように近寄りました。
 でも実際のところ、そんな必要はありませんでした。音はあまりに大きくて、王様は自分の足音だって聞こえないほどだったのです。
 音は、まるで断続的に流れる滝のようでした。
 王様が音のそばまでやってくると、その正体はすぐに分かりました。森の少し開けたところに、イカタがいて、眠るように横たわっていたのです。
 びっくりして、王様はすぐに逃げようかと思いました。何しろこの巨人は人間が勝手に近づいたと知ると、怒り狂って踏み潰そうとすることだってあるのです。
 けれど、どうも様子が変でした。巨人は起き上がる気配もなく、その顔を見ると、なにやら苦しそうに表情が歪んでいました。
 王様はその様子を訝しんで、巨人に訊ねました。
「一体、お前は何をそんなに苦しんでいるのか?」
 でもその声は轟音にかき消されてしまって、巨人の耳にまで届きません。王様は仕方なく、イカタの耳元にまで行って、同じことを訊ねました。
「何がそんなに苦しいのだ?」
 イカタはあまりの苦しみに、人間がそばにいることを気にする間もないのか、答えて言いました。
「腹が……」
「腹が?」
「減ったのだ」
 王様はちょっと黙って、考え込んでしまいました。とすると、この轟音は巨人の腹の虫のなる音だったわけです。もちろん、巨人だって食べるものがなくて腹の減る時もあるでしょう。少なくとも、ないとは言い切れません。
 王様はなかなか慈しみ深い方だったので、巨人を憐れに思いました。王様はこの機会に厄介な巨人を殺してしまったり、このまま死んでしまうのをまとうとは思わず、食事を運んできてやることにしたのでした。
 王様が城に戻ると、さっそく大量の料理が作られ、イカタのところにまで運ばれました。
 イカタは空腹があまりにひどかったものですから、運ばれてきた料理を喜んで口にしました。
 でも何しろ大きな木よりもなお大きな巨人のことですから、いくら食事を運んでもなかなか満腹にはなりません。
 食事が湯水のごとく作られ続け、作られた食事は深い穴に放り込むようにイカタの胃袋へと消えていきました。
 そうして国中の食べ物は、イカタに食べられてしまったのでしょうか?
 いいえ、そうはなりませんでした。イカタは城の食糧庫を空っぽにしてしまったあたりで満足し、そして言いました。
「俺はとても大きな恩を受けた。何かお返しをしよう」
 王様は丁寧に謝辞しました。王様はとても謙虚だったのです。
「ふうむ、なら固く強い城壁を欲しいとは思わんか? 誰にも破ることができないほどの城壁だぞ」
 もちろん、それはとてもありがたいことでした。そうなればもう少しも外敵の心配はしなくてよくなるのです。
 両者の間に合意が成立したので、さっそくイカタは城壁作りにとりかかりました。
 イカタはまず、城壁を作るのに必要な道具から作りはじめました。塔のように巨大な石切り用の鋸や、石をくっつけるために必要なモルタルを大量に用意します。
 準備が終わると、イカタは山から石を切り出し、城の近くまで運びました。人間にはどうやっても運べそうもないような、巨大な石です。イカタはそんな石をいくつも運んだので、その後には立派な道が、森の中を通って作られることになりました。
 何しろ巨大な男が、巨大な道具を使って、巨大な石を積み上げていくのです。その騒音は言語に絶するものがありました。
「これではまともにものを考えることだって出来ない」
 と言うことで、城の人々は一時的に別の場所へと避難することにしました。王様というのはちゃんと、そういう場所を持っているのです。
 大体一ヶ月で出来るから、その頃に来てくれ、とイカタは言いました。
 そして一ヶ月がたった頃、王様たちは城へと戻ってきました。城は丈夫で厚い城壁に囲まれています。その高さは、鳥にだって簡単には侵入することは出来ないだろう、と思われるほどのものでした。
「これは大変立派な城壁が出来た」
 王様はいたく満足しました。そして城へと入ろうとします。
 ところが、いくら探してもその城壁には入り口というものがありませんでした。
 イカタが入り口を作り忘れていたのです。
 そうなると大変でした。城壁はあまりに厚く、あまりに巨大でした。誰もそれに穴を開けることも、よじ登って入ることも出来ません。
「これは入り口を作り直してもらうしかあるまい」
 王様はさっそくイカタを探しました。
 けれども巨人は、もう森にはいませんでした。城壁を作るときに出来た道にそって街が作られはじめ、孤独を好む巨人はもう森を出て行ってしまっていたのです。
 王様は二度と、その城に入ることは出来ませんでした。

 その土地には今でも巨大な城壁があって、守るものもないまま立ち続けているそうです。

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