[失敗例 ―竜の場合―]

 トルプコ国には一匹の竜が住んでいました。名前をムネリといい、国で最も高い山の頂上にある洞窟にいました。
 ある日、ムネリは洞窟から飛び立って散歩に出かけました。
 一羽ばたきで一山を越え、一羽ばたきで湖を越える。
 人々はムネリの姿に驚くこともなく空を眺めました。ムネリは人々を傷つけることも、畑を荒らすこともなかったからです。
 ムネリはただ空を飛ぶだけでした。
 でも途中、ムネリは急に眠くなってきました。まるで脳みそを食べられているように眠いのです。仕方なくムネリは眠るのに都合のよさそうな所へと降りました。
 そこは王様のお城でした。正確にはお城の中庭へとムネリは降り立ったのです。
 ムネリは噴水を壊し、植え込みをぐしゃぐしゃにしながら横になって、さっそく眠り始めました。
 驚いたのは王様です。こんな大きな竜が中庭にいては、何かと不便で仕方ありません。
「どうしたものか?」
 と、王様は重臣たちと相談しました。
 けれどなかなかいい案は出ません。何しろ相手は竜ですから、間違って怒らせてしまうと大変です。結局、
「しばらく放っておけばいい」
 ということになりました。皆、竜が怖いのです。
 けれど一日たち、二日たち、一ヶ月たってもムネリは眠ったままでした。竜の眠りは深くて長いのです。
 ムネリが起きる気配がないので、人々は珍しがって見物に来ました。日曜になるとお城は子供づれの見物客で賑わいました。中にはムネリの背中にのぼり、すべり台にして遊ぶ子供もいます。
 それでもムネリは起きません。
 春が過ぎて夏になり、秋になり、雪が降る冬になってもムネリは起きませんでした。
 とうとう一年が過ぎましたが、ムネリが起きる気配はありません。人々はムネリをその辺の置物と同じように見始め、見物に来る人もいなくなりました。
 二年たち、三年たつと王様は心配になってきました。竜がこのまま城に居ついてしまうのではないかと思ったのです。十年同じところにいると竜はそこを住処にすると言われていました。
「どうしたものか?」
 と、王様は重臣たちと相談しました。
 一日中話し合ってみても良い案は出てきませんでした。会議は踊る。でも夜明け近くになって列席者のほとんどが眠っている中で一人の男が言いました。
「絵を描こう」
 竜が起きた時にびっくりして逃げ出すように、その周りの城壁に巨人や怪物の絵を描こうというのです。
 この案はさっそく実行に移されました。国中の画家が集められて、ムネリの周りの壁にたくさんの大きくて恐ろしいものの絵がかかれました。
 王様は安心しました。
 でも十年たち、二十年たってもムネリは起きません。その間に王様は亡くなり、その子供が新しい王様になりました。何度か戦争があり、何度か絵が塗り直されました。
 そしてとうとう百年たった時のことです。ムネリがもぞもぞと動き、まぶたの下では眼が動き始めました。もうすぐ目覚めるのです。
 ムネリが起きる瞬間を見るために国中から多くの人が集まりました。お城の中庭には観覧席が設けられ、人々はいまや遅しとムネリの目覚めるのを待ちました。人々は朝早くに中庭に集まり、ムネリに起きる様子がないと、夕方には残念そうに帰って行きました。
 そして、ある昼の事です。
 ムネリの眼がゆっくりと開きました。人々は息をのみ、ムネリが飛び立つのを待ちます。
 でも次の瞬間。
 周りの壁に描かれた絵を見て、ムネリは突然口から火を吹きました。城壁は吹き飛び、人々は熱にまかれて逃げまどいました。
 ムネリは絵を見て逃げるどころか、怒って追い払おうとしたのです。
 結局、お城は粉々に壊れてしまいました。

 お城の跡には絵の描かれた岩の破片が残っていて、今でもそれは見られるそうです。

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