[王の戦士]

 王のもとには勇敢な戦士、プロプが仕えていました。プロプは王の戦士の中でもっとも強く、もっとも賢い人物でした。彼の髪は燃えるように赤く、その瞳は澄んだ湖のような青をしています。
 ある時、王は城から出かけることになりました。王はプロプに対して言います。
「私が留守の間、私の宝物の部屋の番をしてほしい。九つある部屋のうち、八つまでは自由に見てよい。けれど一番奥にある部屋だけは、決してのぞいてはいけない」
 王はプロプに九つの鍵を渡し、城を出て行きました。
 さて、プロプは鍵を持って、さっそく部屋の番をしました。けれど、
「王の宝物というのが何なのか知っておかなければ、その番をするのは難しいぞ」
 とプロプは思いましたので、さっそく手前の扉から開いていきました。もちろん、それは心の中の誘惑に駆られたということもあります。
 部屋をのぞいてみると、そこには美しい宝石や彫刻、貴重な書物や素晴らしい武器などが置かれていました。見ていてつい時を忘れてしまうほどの美しさです。
「これでは一番奥の部屋には、さだめし素晴らしい宝物が置かれていることだろう」
 と、プロプはどうしても王が見てはいけないと言った、九番目の部屋まで見たくなりました。
 けれどプロプは己の忠義と、王の信頼を思って、決してその部屋だけは見ようとはしませんでした。とはいえ、時がたつにつれて想像は頭の中で膨らみ、よく言うようにプロプは、「夢の虫に心を食われてしまった」のです(「夢の虫」とは、ある男が予言の神アルノエルに未来を見通す力を望んで、一匹の虫をもらい、結局そのために死んでしまったことを言います。ですから、「夢の虫に心が食われる」とは、一つの想像が頭についてはなれないことを言うのです)。
 プロプはとうとう九つ目の扉を開きました。するとそこには一本の巨大な木が生えているばかりで、他には何もありませんでした。
「これが王の宝か?」
 とプロプは訝しく思いました。何しろその木は何の変哲もない、ただの木にしか見えなかったのです。木は枯れ、葉も実もつけてはいません。
 プロプはすべての扉を元通りに閉ざし、自分の任に戻りました。
 しばらくすると、城に一人の男が訪ねてきました。男は旅の姿をした小男で、プロプに向かって言います。
「私にその扉の中を見せてくれませんか?」
 プロプはもちろん断りました。
 けれど男はプロプが九つ目の扉を開いたことを知っていて、おまけにその中身が何であるのかも知っていました。そして王に告げ口されたくなかったら、私の言う条件をのんでもらいたい、というのです。
「それは何だ?」
 と、プロプはいくぶん苛立ちながら訊きました。プロプは自分の軽薄な行動を後悔していました。
「簡単なこと。もし私が中の物を持ち出すことが出来れば、それを私が持っていくのを見逃してもらいたい、ということです」
 プロプは少し考えました。男は、ちょっと強い風が吹いただけでも吹き飛ばされてしまうそうな、見るにたえない小男です。
「何の道具も使わず、己の力だけでというなら、そうしてやろう」
 とプロプは言いました。男は頷いて、
「私が失敗すれば、もちろんこのことは黙っておいて上げますよ」
 と約束します。
 プロプはさっそく男を部屋へと案内しました。プロプが鍵のかかった扉を開けると、男はつかつかと木のほうに近づいていきます。
 そして両手でその幹を抱えるようにつかむと、
「ふん」
 と、一息に木を引っこ抜いてしまったのです。
 プロプは仰天しましたが、約束は絶対でした。男が木を持って悠々と去っていくのを、ただ見ているしかありません。
 男は巨人の一人がその姿を変えたもので、プロプが九つ目の扉を開けたことで、その木の在処を知ったのでした。
 やがて王が城へと帰ってきます。
「プロプよ、私の宝は無事であったろうな」
 と、王はさっそくプロプに向かって訊ねました。
「王よ、私は私の名誉のすべてを返さなければなりません」
「それはどうしたわけじゃ?」
 王はいささか驚いて言います。
「実は王が固く禁じられた九つ目の部屋を、私は見てしまい、あまつさえその木をさかしい巨人のために奪われてしまったのです」
「なんと。プロプよ、そなたはあの木が何なのか知っておるのか」
 王は立ち上がって、激昂して言いました。
「あれは春には銅の芽を、夏には銀の葉を、秋には金の実を生む魔法の木なのだ。それが奪われたとあらば、ただ事では済まされぬ」
 プロプはさっと青ざめた顔で、言葉を発することも出来ませんでした。
「とはいえプロプ、そなたは我が配下の内で最も勇敢なもの。今までにも幾多の功をなしておる。よって、此度のことには目をつむろう。しかしあの木を持ち帰らねば、二度と我が前に目通りはかなわぬ」
 王の宣告に、プロプはただ黙って引き下がりました。むろん、プロプは巨人からあの木を取り戻し、自分の不名誉を払うつもりだったのです。
 プロプはすぐさま旅の準備を整えると、巨人の住処を探して旅に出ました。プロプは様々な土地をさ迷い歩きました。
 するとある時、山の中で一人の巨人に出会いました。その巨人は一本の黒い槍に体を貫かれ、岩に串刺しにされています。
「そこの男」
 と、巨人は苦しそうに言います。
「俺の体に刺さったこの槍を抜いてくれんか。もう十年も俺はこうしているんだ。風や雨は容赦もなく俺の体を打ち、陽の日照りは喉の渇きを起こす」
 巨人は見るからに恐ろしげな姿をしていました。顔は髭に覆われ、歯は黄色くにごり、爪は汚く伸びています。
 けれどプロプは、その槍を抜いてやりました。十年もこんなところに野ざらしにされていては、憐れに思えたからです。たとえその巨人がどんなに悪人だったとしても、見捨てるわけにはいきませんでした。
 プロプがようよう槍を抜いてやると、巨人は長いこと動かせなかった体をほぐし、その具合をみるように動かしてみました。
「いや、助かった。それはそうと、お前は王の戦士であるプロプだな。一体、どうしてこんなところにいるのだ?」
 巨人の問うままに、プロプは魔法の木やそれを盗まれてしまったことを話しました。
「そうか、そいつは多分ウルプサという巨人の仕業だな。何を隠そう俺をこんなふうに串刺しにしたのも、そのウルプサの奴なのだ」
「お前はそのウルプサの住居を知っているのか」
 とプロプが訊ねると、その巨人はウルプサの居所を詳しく教えてくれました。それからまた、プロプが引き抜いた槍を指さして、
「その槍はルドゥングといって、ウルプサの持っていた槍だ。奴は鉄の体を持っていて一切の刃を通さぬが、星の欠片を鍛えたその槍でなら、奴に傷をつけることが出来る」
 と教えてくれました。
 プロプは礼を言ってその巨人と別れると、さっそくウルプサの住居へと急ぎました。
 やがてたどり着いたそこは、湖の近くにうがたれた大きな洞窟で、闇が長い年月をかけてその穴を開けたような暗さに満たされていました。プロプは、大声でウルプサを呼び出します。
「誰だ、俺を呼ぶのは?」
 と言って現われたのは、プロプの三倍はあろうかという巨人でした。体は鉄で出来、目は紅玉のように赤く光り、悪鬼のような形相をしています。
「私は王の戦士たるプロプ。我が王の宝を盗んだのはお前だな」
「貴様とは約束によってもらっていったはずだが」
「そうだ。だから血をもってそれを破りに来た」
 プロプがそういうやいなや、ウルプサとプロプの間で激しい戦いがはじまりました。
 巨人が腕を振るうだけで、嵐のような風が起こり、叫び声は大地を震わせ、足を踏み下ろせば地を踏み抜くかと思えんばかりです。プロプが剣で斬りかかると、その剣はたちまち粉々に砕けてしまいました。
 プロプは黒い魔槍、ルドゥングを構えると、電光の如く巨人を一刺しにしてしまいました。槍はウルプサの鉄の体を貫くと、その心臓を打ち砕いてしまいます。巨人の体からは血が滝のようにあふれ、プロプがその体を湖に投げ入れると、それは島になりました。ですからシャルノ湖には今も、ウルプサと呼ばれる島が浮かんでいます。
 さて、巨人を倒したプロプが洞窟の中を調べてみると、そこには王の木が置かれていました。王の木は巨人の血で赤く染まっています。プロプは巨人の宝の中から魔法の手袋を見つけると、それを身につけて木を運び出しました。手袋はそれを身につけた者に十二人分の力を与えるのです。
 こうして役目を果たしたプロプは、王の待つ城へと帰ることにしました。
 ところが、王の二番目の戦士であるダンデも、プロプと同じように王の木を探していました。彼はプロプが首尾よく王の木を手にいれたと知ると、一計を案じました。
 プロプがダンデの家のそばを通ると、ダンデはプロプを家の中へと招き入れました。長旅ですっかり疲れていたプロプは、その招きに快く応じます。
「さあ、長旅でずいぶんお疲れであろう。酒でも飲んで、ゆっくりとしていくとよい」
 と、ダンデのすすめるまま、プロプは肉を食い、酒を飲みます。
 それがいくたびもしないうち、プロプは急に眠くなってきました。まるで暗い水底から足を引っぱられるように眠いのです。
「どうやら思った以上に疲れていたようだ。眠くてかなわない」
 と言うと、ダンデはプロプを寝室に案内し、そこに寝かせました。待つほどもなく、プロプは深い眠りに落ちます。
「これで巨人を倒し、王の木を持ち帰ったのは俺ということになるぞ」
 ダンデは魔法の手袋を奪い、王の木を持って城へと向かいました。
 それから大分たって、プロプが目覚めた時、そこにダンデの姿はありませんでした。そして魔法の手袋と、王の木も。プロプは自分がだまされたことに気がつきました。
「おのれ、ダンデのやつめ」
 烈火のごとく怒りながら、プロプは槍をとって城へと急ぎます。ところが途中、川を見て驚きました。そこには年老いて醜くなった、見たこともない顔が映っていたのです。手で触ってみると、しかしそれは間違いなく自分の顔でした。
 プロプの飲んだ酒には、飲んだものを醜く変える力があったのです。
 それでもプロプは、城へと向かうほかありません。城に着くと、ダンデはすでにやって来ていて、王の木を取り返したのは自分であると述べ立てていました。
「王よ、それは違います」
 とプロプは言いましたが、もとよりその姿では誰も言うことを信じてはくれません。
「その木を取り返したのは私なのです」
「ならば証拠を示してみせよ」
 と王は言いました。
 そこでプロプは、言います。
「私はその木が何故赤いのかを知っています」
 こう言うと、ダンデのほうでは慌てました。何しろダンデは元からこの木はこんな色だと思っていたのです。
「なるほど。ではまずダンデに、その理由を答えさせてみるとしよう」
 けれど、ダンデには答えることは出来ませんでした。何しろ本当にその木を取り返してきたわけではありませんから、仕方のないことです。
 そこでプロプは答えました。
「王よ、それは私が巨人をこの槍で刺し貫いた時、その血で赤く染まったものです」
 これでたちまちダンデの嘘は破られることになりました。ダンデはただ青ざめて震えるばかりで、一言の釈明もすることは出来ません。
 ちょうどその時、プロプにかけられた魔法の効き目が切れ、元の凛々しい姿へと変わりました。こうなれば、もはや疑う余地はどこにもありません。
「ダンデよ、偽証の罪は重いぞ」
 と、王は言いました。
 ダンデはその舌に焼印を押され、城を追放されます。彼は虚言者としての烙印を押され、生きていかねばならないのです。
「さて、プロプよ。私はお前の名誉がすべて取り戻されたことを認めると同時に、お前に新たな名誉を与えることにしよう。すなわちお前の姿を天上へ永遠に刻もうと思う」
 こうしてプロプはその姿を星によって刻まれることとなりました。
 槍を持つ男≠ニいうのが、それであります。

――Thanks for your reading.

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