[虹色の魚]

 村人の話――。
「ああ、ハルのことが聞きたいって? 親戚か何かかい? ……そんなところ? まあいいや、話せっていうんなら話してやるよ。
ま、あいつも可哀そうなもんさ。十歳くらいの時に親を亡くしてさ、おまけに頭が少々弱くてな。……馬鹿? あいつはそういうのとは少し違うな。何というかいつまでたっても子供みたいでさ、この世の不幸ってものがよく分からないって感じだな。親が死んだ時もいつまでたっても分かんないらしくてな、埋めるのにえらい苦労したよ。その後もずっと墓から離れようとしなくてさ、冬で雪まで降ってたけど、ぜんぜん動こうとしないんだ。でも一週間目に突然、泣き出してな、雷が落ちたみたいな声で泣き続けたよ。涙を流しすぎて死ぬんじゃないかと思ったほどだ。村人総出でなぐさめて、ようやく泣きやんだよ。
村の人間はみんなハルをかわいがってた。……何故って? あの子が笑ってるのを見れば分かるよ。本当に楽しそうに、嬉しそうに笑うんだ。何だか心が洗われるみたいにな。まき割りも家畜の世話も出来なかったけど、誰も厄介者扱いしたりはしなかった。みんな、ハルのために食事を作ってやったり世話をしてやったんだ。そうすると、とても喜んで好い笑顔を見せたよ。
ハルは二十歳になっても子供たちと遊んでてな、こんな唄を歌われてたよ。
『いつまでたっても子供のハル、
 春になったら花を摘み、
 夏になったら虫を捕まえ、
 秋になったら夕空見上げ、
 冬になったら雪の中転げまわる』
 でもいつの頃にかあいつの家に娘さんがやって来てな。なかなか可愛らしい娘さんだったよ。気立てもよくてね。よく働くし、何よりハルのことが好きみたいだった。ハルも幸せそうだったよ。似合いの二人だった。
でもある時、ハルの伯母さんがやって来てな。こいつが性悪の婆で、日頃世話してる分の金、払いな、払えないなら家から追い出しちまうよ、ときた。世話って言っても時々街の方から様子を見に来るだけさ。けど、ハルはそんな文句も言えやしない。金なんか持ってるわけもないしで、どうしていいか分からない。
 ところがね、その時に娘さん、ハヤナっていうんだがね、そのハヤナがどこからか虹色の綺麗な鱗を持ってきたんだ。真珠みたいに綺麗なやつさ。それをあの婆に見せたら、狂喜して町まで売りに行きやがった。
 その時はそれで良かったんだが、どういうわけかハヤナが少し体調を崩してな。おまけに伯母のやつが何度もハルのところにやって来て、家に来いって言うんだ。たぶん、そうすりゃあの虹路の鱗が手に入って、大儲けできると思ったんだろう。街の面白いことや、食いもののうまいことやら、いろいろ吹き込んでハルを連れて行こうとした。
ハルも子供みたいなやつだからな、そういう話を聞くうちに街に行きたくなってきちまった。婆は大喜びさ。急いで街に連れて行った。でもハヤナは、どうしても行けない、ハルも行かないで欲しいって引き止めてな。けどハルは行っちまった。
 噂じゃ街で病気になって死んじまったらしい。可哀そうなもんさ。ハヤナもそのすぐ後に、ふっといなくなっちまったな。あとを追って自殺しちまったんじゃないかって、みんな言ってるよ。
 ……伯母? あの婆なら今も街でぴんぴんしてるさ。どうせならあいつが死にゃあよかったのによ。……場所? 教えてやってもいいけど、行っても不愉快になるだけだぜ」

 伯母の話――。
「……ハル? ああ、嫌だ嫌だ。何だって、あんな阿呆のことを思い出させるんだい。妹の子供ってだけで、なんであいつの世話をしなくちゃならないのかね。妹のやつも面倒なのを残して行ってくれたものさ。妹はいつもそうだったよ。ちょっと美人なのを鼻にかけてさ、生意気だったらありゃしない。ろくに稼げもしないから、あんな田舎に引っ込んだくせに、死んでもあたしに迷惑をかけるのさ。おまけに妹の旦那もひどいもんだったね。あの息子にして、あの親ありってところかね。いつも笑ってるだけで、なに考えてんだか分かりゃしない。あたしがどうやって稼いだかを話してやっても、それはいけないことだとぬかす。とんだ親子だよ。
 ……虹色の鱗? ああ、ありゃ惜しいことしたよ。あれがありゃあ、億万長者になれてたのにさ。せっかく、あの阿呆をわざわざ家に呼んでやったのに、結局、はじめによこした一枚だけさ。それ以上は出そうともしない。こっちが下手に出て催促を遠慮してやってるのに、知らん顔で世話になってる礼の一つも言いやしない。いつまでたっても街をうろうろして、何か問題を起こすたびに、あたしが謝りに行かなくちゃいけない。謝ってるすぐ横で平気そうな顔して、憎らしいったらありゃしないよ。
 おまけに、しばらくしたら村に帰りたいだのと言い出す。ハヤナのところに帰りたい、だなんてあたしの知ったことじゃないよ。それよりも、せっかくのあの鱗が手に入ると思ったのに、厄介がやってきただけじゃないか。あたしもこうなったら、あの阿呆にふさわしくしてやろうと思ってね。食べ物は市で出てるクズやら、腐りかけたやつをやって、寝床は地下の倉庫に移してやった。
 でも、そこが阿呆だからね。一人じゃ帰れないもんだから、家を出て行こうともしない。いつも犬でも喰わないようなものを、うまそうに食べて、文句の一つも言おうとしない。楽なもんさ。初めからそうしておけばよかったんだよ。まったく、働かざるもの食うべからずって言葉も知らないんだよ、あいつは。
 そのうち病気か何かで倒れちまったけど、医者なんて呼ぶはずうもないね。変な病気をうつされちゃかなわないから、倉庫にずっと放っておいてやった。さっさとくたばってくれりゃ良いと思ってたら、いつの間にかいなくなっててね。あたしとしちゃ大助かりさ。葬式の手間が省けるってもんだ。……そのあと? そんなの知らないね。どこかでのたれ死んでんじゃないかい。あんなやつ、二度と見たくないよ」

 村の子供の話――。
「ハルを探してるって? ハルはね、天国に行っちゃったんだって、お母さんが言ってた。天国で神様に頭を良くしてもらって、それで幸せに暮らしてるんだ。神様は何でも出来るんだよ。僕も天国に行ったら力を強くしてもらうんだ。それで、ヨナに相撲で負けないようになるんだ。
 ハルの行きそうなところ? うーんと、ハルはどこでも好きみたいだったよ。森とか、広場とか、川とか。最期に行きそうなところ? それって死ぬ時に行くってことでしょ。うーん、それだったら森の泉かな。ハルはあの泉がすごく好きだったんだ。いっつも、じっと座って眺めてた。
 泉の場所? 森に入ってまっすぐ行けばすぐだよ。僕、そろそろ行かなくちゃ。おじさん、ばいばい」

 赤い目の魔女の話――。
「なんじゃ、お前は? この泉に何か用か。……なに、ハルを探しに? 何のためにそんなことをする。返答次第じゃ、ひどいことになるぞい。……ふうん、そんな理由かい。ま、話してやってもよいわ。……その前に、私は誰かって? 見ての通りじゃ。なに、分からん? あんた魔女を見たことがないのかい。赤い目は魔女の証さ。……初めて? なら、しかたないね。
 まあ、かけな。立ち話も疲れるからねえ。……心配? 大丈夫さ、とってくったりはしないよ。話を聞きたいんだろう? ……そう、それでいい。
 さて、どこから話そうかね。ハルがよくこの泉に来たのは知ってるね? まったく、あの小僧っ子はおかしなやつだったよ。誰からも怖がられてる、この私を少しも怖がったりしない。私が魔法を使って見せると、目をきらきらさせて見入ってたよ。
 話がそれたね。
 いつだったか忘れたが、狩人がこの泉で釣をしてると、一匹の魚を釣り上げた。美しい魚さ。普段は泉の底の方の穴の中にいるんだがね、その日はつい外に出ていたのさ。狩人は大喜び。珍しい魚を釣り上げた。これなら高く売れるだろう、ってね。
 そこにハルのやつがやって来た。泉に遊びに来たのさ。どうするのかと思ってたら、魚をじっと見て狩人に頼んだ。その魚を逃がしてやって、ってね。もちろん狩人はそんなこと聞きやしない。これは俺が釣り上げたんだ、だから俺のものだ。でもハルのやつ、いきなり泣き出してね。その泣き声が、あんまり悲しそうなもんで、狩人も魚が可哀そうに思えてきたらしい。結局、釣り針を外して逃がしちまった。
 魚はそれが嬉しかったんだろうね。ある日、こう言ったんだ。『森の魔女さん、お願いです。私を人間の姿にしてください。そうしてあの人の所に行かせてください』。私は鳥になって森を飛び回っていたがね、あんまりしつこいんで泉のところまで行ってやった。魚が顔を出してたんで、人間の姿に戻って言った。人間の姿にしてやっても良いが、それには条件がある。まず、姿を変えてやる代わりに、あんたのその虹色の鱗を一日一枚、私にくれること。それから、魔法が切れないように一日に一度はこの泉の水に触れること。
 魚は二つ返事さ。『何だってやります、鱗だって上げます。だから、あの人のところに行かせてください』。私はさっそく鱗を一枚もらうと、ハヤナって名前を与えて魔法で姿を変えてやったよ。魚は心底嬉しそうにしてお礼を言って、ハルのところまで行ったのさ。
 それからハヤナは一日に一度、泉にやって来て、私は鱗を受け取ったよ。でも鱗が全部なくなってしまえば、ハヤナは死んでしまう。馬鹿な子さ。そう言っても、それでもハルのところに居たいんだと言う。
 私は村には行かないからね。どうなったかは知らないよ。でもある時、ハルのやつがふらふらしながら泉までやって来てね。悪い病気にでもかかっていたのさ。泉の近くの木に寄りかかって、泉を見ながら弱々しく微笑っている。……治せないかって? よしとくれ、私は魔女なんだよ。命を救うなんて、まっぴらごめんさ。
 ところが、ハルがやって来たすぐ後に、ハヤナのやつもふらふらやって来てね、二人ともそれに気づいて幸せそうに笑いあった。そのままなら一時間とたたずに二人とも、おだぶつさ。
 ……私はその時、ちょうど試したい魔法があってね。あの虹色の鱗を使って作った魔法さ。そいつを二人にかけてやった。……どうなったかって? そこの泉を見てみな。虹色の魚が二匹、よりそって泳いでるだろう。それがハルとハヤナさ」

――Thanks for your reading.

戻る