その人形には、心がありませんでした。 人形を作った老博士は、まず彼に言葉を教えました。人間の子供に教えるようにゆっくりと、丁寧にです。 「これが何だか分かるかい?」 「デンシャ」 「そう、電車だ。電車はレールの上をガトゴト走っていくんだよ」 人形は十五歳くらいの少年の姿をしていましたが、その頭の中は赤ん坊を同じで、まだこの世界のことも、自分のことも、知ってはいません。 「君には一人の人間と同じように生きる権利がある。それは神様が、みんなに与えてくださったものだ」 博士は人形を、自分の子供と同じように育てました。博士はたくさんの苦労をして、たくさんのことを教えて、たくさんの愛を注ぎました。
けれどある時、博士のところに大勢の兵隊がやってきて、人形を連れて行きました。口にひげを生やした偉そうな人が、博士に向かって、これは政府の命令である、と告げます。 人形は見知らぬ場所に連れてこられ、教師と呼ばれる人たちからいろいろなことを聞かされました。 それは人形が戦争のために作られて、戦争でたくさん働かなくてならない、というものでした。人形は銃の扱いや、諜報活動や、戦術のことについて学ばされました。 教師たちが人形に必要なことをすっかり教えてしまうと、人形は戦場へと連れて行かれました。人形はそこで銃を撃ち、敵地に潜入し、戦術を立てました。 敵を殺すと、みんなが誉めてくれました。もっとたくさん殺すと、もっと誉めてくれました。だから人形は、たくさん殺しました。そうすることは、いいことだと教えられたからです。 人形はたくさんの勲章をもらいました。胸につけられないくらいたくさんの勲章です。人形はそれがすばらしく名誉なことだと思いました。何しろ周りの人はみな、それが名誉なことだというからです。
人形は、泣いたことがありませんでした。 戦場では、味方が死んで、その傍らで泣いている兵士を見たことがあります。けれど人形には、兵士がどうして泣いているのか分かりませんでした。 戦場で死ぬことは名誉なことです。 それは、悲しむべきことではないはずでした。それはむしろ、喜ばしいことです。少なくとも人形は、そう教えられています。だから人形には、兵士がどうして泣いているのか分かりませんでした。
しばらくすると、戦争は終わりました。 戦争が終われば、人形はもう必要ありません。人形はたくさんの勲章を胸につけて、博士のところへと戻ってきました。 博士は人形が無事に戻ってきて事を、大変喜びました。人形は胸の勲章を博士に見せて、誉めてもらおうとします。けれど博士は勲章を見ても、悲しそうな顔をするだけでした。 人形には博士がどうして悲しそうな顔をするのか、分かりません。人形は自分が戦争でどのくらい活躍したか、どのくらいたくさんの人を殺したのか話しました。そうして博士に、誉めてもらおうとしたのです。 けれど博士は、ますます悲しそうな顔をするばかりでした。博士は戦場での人形の様子を知っていました。そしてそれを聞くたびに、長い長いため息をついていたのです。 人形は博士の態度が不満でした。人形はどうして自分のことを誉めてくれないのかと博士に文句を言いました。 博士はただ、黙って悲しそうに人形を見つめるばかりです。
やがて時はたち、博士は病に倒れました。博士はベッドの上で、静かに息を引きとります。 人形はその前で、じっとしていました。 ずっと、ずっと、じっとしていました。人形は博士が起き上がるのをずっと待っていました。人形は人間の死というものを知りませんでした。 けれどいつまでたっても、博士は起き上がりません。人形は戦争でもらったたくさんの勲章を持ってきました。でも、そんなものは何の役にも立ちません。 人形はとうとう、博士がもう動かないのだということを理解しました。 それから人形は、子供のように泣き出しました。人形はいつまでも、いつまでも泣き続けて、とうとう錆びて動かなくなってしまいました。
|