チナツは小学六年生の、ごく普通の女の子です。背の高さもクラスの真ん中くらいで、算数が苦手な他は成績も普通、運動だってそこそこできます。 チナツは五歳の時におばあちゃんから帽子をもらいました。絵本で見た魔女の帽子にそっくりで、無理にせがんでもらったのです。小さなチナツの頭にはぶかぶかの帽子でしたが、それでも大切な宝物でした。 それから七年たってチナツも大きくなると、その帽子は前ほど魅力的なものではなくなってきました。 「だって、こんな帽子かぶってたらみんな笑うんだもん」 とチナツは思っていたのです。 ある日、チナツは友達のヨシちゃんと家で遊んでいて、ヨシちゃんは白い可愛いウサギを持っていました。臆病そうに鼻をひくひくさせ、きれいな赤い眼をしたウサギです。 チナツはそのウサギが欲しくてほしくてたまらなくなりました。 「ヨシちゃん、私の帽子とその白いウサギ、とりかえっこしない?」 とチナツは言いました。チナツは前からヨシちゃんが魔女の帽子を欲しがっていたのを知っていたのです。 「うん、いいよ。とりかえっこしよう」 とヨシちゃんは言いました。 それで魔女の帽子は白いウサギになったのです。 ヨシちゃんが帰ると、チナツは新しく自分のものになった白いウサギを抱えて出かけました。ウサギは時々身動きしながら、おとなしくチナツに抱えられていて、それはとても幸せな気分でした。 「帽子よりもウサギのほうが素敵。だってウサギのほうが可愛いし、遊び相手にだってなるんだもん」 そう思いながらチナツは歩いていきます。 やがて仲の良いお姉さんのいる装飾品のお店の前に来ました。チナツは自分のウサギを見せようと思って、お店に入ります。 「あら、いらっしゃい」 と、お姉さんは笑顔を浮かべました。 「今日はどうしたの?」 「これ。ヨシちゃんと交換したの、可愛いでしょう」 チナツは両手でウサギを差し出して見せました。 「ふうん」 とお姉さんは少し何かを考えるようにして、それから言いました。 「そうそう、ちょうど店長がなにかペットが欲しいって言っててね。良かったらそのウサギ、このブローチと交換しない?」 そう言って銀のブローチを差し出して見せます。天使の羽をあしらった、上品で愛らしいブローチです。 「うん、いいよ」 チナツは一目でブローチが気に入ってしまい、そう言いました。 それで白いウサギは銀のブローチになったのです。 チナツは銀のブローチを見つめながらお店を出て、また歩き出しました。ブローチは澄んだ音色の聞こえてきそうな光を放って、とても美しいものです。 「ウサギよりもブローチのほうが素敵。だってウサギみたいに世話をしなくていいし、見ているだけでこんなに綺麗なんだもん」 それからしばらくして、チナツは知り合いのおじいさんに出会いました。 「やあ、チナツちゃん。お出かけかね?」 とおじいさんは言います。 「ううん、散歩してるだけ。そうだ、これ見て」 チナツはさっきとりかえっこした銀のブローチを見せました。 「ほほう、綺麗なブローチじゃな」 とおじいさんは感心しました。 「どうかな? このブローチ、わしの時計と交換してくれんか。今度ばあさんの誕生日があってな、なにかプレゼントを探してたんじゃ」 おじいさんは鎖のついた小さな懐中時計を取り出して見せました。 それはゼンマイで回す、古い懐中時計でした。白い文字盤と黒い針のついた、シンプルな時計です。 「うん、いいよ」 チナツはその時計がとてもかっこよく思えて、そう言いました。 それで銀のブローチは小さな懐中時計になったのです。 さっそくゼンマイを巻きながら、チナツはおじいさんにさよならを言いました。小さな時計は耳を当てるとカチカチ音がして、正確に時を刻んでいます。 「ブローチよりも時計のほうが素敵。だってこれなら時間だって分かるし、ネジさえ巻けばずっと動いてるんだもん」 チナツは時計を首からさげて、家に帰りました。 部屋に戻ると、姉のルキが勉強をしています。 「その時計、どうしたの?」 と、ルキは訊きました。 「ブローチと交換した」 「何かいい感じの時計ね。それ、私のイルカと交換しない?」 ルキは、自分の持っているイルカのぬいぐるみをチナツが欲しがっていることを知っていたのです。 「うん、変えてかえて」 と、チナツは喜んで言いました。 それで小さな時計はイルカのぬいぐるみになったのです。 チナツはイルカのぬいぐるみを抱えて居間のほうに行きました。ぬいぐるみは大きくてふわふわとしていて、とても気持ちの良いものです。 「時計よりもぬいぐるみのほうが素敵。だってこんなに柔らかくてあったかいし、抱いて眠ることだって出来るんだもん」 と、チナツは思いました。 居間にはちょうどおばあちゃんが遊びに来ていて、お母さんとお茶を飲んでいました。 「そのぬいぐるみ、お姉ちゃんのじゃなかったっけ? どうしたの」 とお母さんが聞きます。 それでチナツは説明しました。魔女の帽子が白いウサギになり、白いウサギが銀のブローチになり、銀のブローチが小さな時計になり、小さな時計がイルカのぬいぐるみになったことを。 「そう、それはよかったわね」 と、その話を聞いておばあちゃんは言いました。けどその顔はほんの少しだけ寂しそうです。 チナツはそのとき初めて、自分が何だか大事なものをなくしてしまったような気がしました。あの時、自分はあんなにもあの帽子を大切に思っていたのに……。 しばらく考えて、チナツはおねえちゃんの部屋に戻りました。 「ごめんお姉ちゃん。さっきの時計、やっぱり返して」 そう言ってチナツはぬいぐるみを差し出します。 ルキは文句を言いながらも小さな時計を返してくれました。 それからチナツは同じようにして、おじいさんに銀のブローチを、お姉さんに白いウサギを、ヨシちゃんに魔女の帽子を返してもらいました。 チナツは魔女の帽子を持って、おばあちゃんのところに急ぎます。 おばあちゃんはまだ家にいました。 「おばあちゃん、これ」 チナツは息を切らせながら魔女の帽子を見せます。 それを見て、おばあちゃんはにっこりと笑いました。七年前、チナツが無理に帽子をせがんだ時の笑顔と、それは同じでした。 魔女の帽子をどれだけ交換したって、魔女の帽子以上のものにはなれないのです。
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