[魔法のくるみ]

 むかし昔、ある兵隊さんがいて、その兵隊さんは戦争でたくさんの敵を倒して手柄を立てたものですから、褒美として王様から魔法のくるみをいただきました。兵隊さんはそんなものもらっても嬉しくなかったのですが、王様は、
「よく聞け、それは魔法のくるみで、割れば何でも願いを叶えてくれるのだ。だから大切に故郷の村へ持って帰るがいい」
 と言いました。
 それで兵隊さんはくるみを大切に袋の奥にしまって自分の村へと帰りました。村では兵隊さんの活躍を聞いていたものですから、ずいぶんと歓迎して、王様から一体どんな褒美をもらったのかと期待しました。
「いいや、このくるみ一つきりさ」
 と兵隊さんは袋の奥に大事にしまっておいたくるみを取り出しました。それを見て集まったみんなはがっかりしましたが、兵隊さんは、
「これは魔法のくるみで、割るとなんでも願いが叶うそうだ」
 と言いました。
 すると是非とも自分がその願いを叶えてみたいと集まった人たちが口々に言いだしました。けれどこのくるみをいただいたのは兵隊さんですから、もちろん兵隊さんにこそ願いを叶えてもらう権利があります。
「それではこの世界の誰も見たことのないほど立派な御殿をいただきたい」
 と兵隊さんは言ってくるみを割ろうとしました。
 が、どうしたものかくるみは馬鹿みたいに固くてなかなか割ることができません。石にぶつけたり自慢の怪力で槍を叩きつけたりしましたが、くるみはまるで未知の物質でできているかのようにびくともしません。
「これはどうしたことだ。うんともすんともいかん」
 と言うので、集まった人たちも口々に願いを唱えてくるみを割ろうとしましたが、くるみはまるで平気です。
 とんかち、のこぎりに始まって果てはレーザーメスや水圧カッターまで持ち出されましたが、くるみは何事もなかったかのように傷一つつきませんでした。
 しまいにはもうみんな疲れはててしまって、くるみを割ろうという気もなくしてしまいました。それでこのくるみの処分に困って、村の教会に保管しておくことになりました。
 なにしろどんな方法でも割ることができないのですから、奇跡のくるみとしてうわさが広まって参拝者も大勢やってくる始末です。
 そうして二百年ほどがすぎました。
 魔法のくるみは由来も失われて、もう正確にそれが村にある理由を知っている者もいなくなりましたが、それでも大切な宝物として教会に保管されていました。今となってはそのくるみをおもしろがってくるのは村の子供たちくらいになっています。
 ところが、ある年にそれ以降あとにも先にもないような日照りがやってきました。何ヶ月も雨が降らずに作物は枯れ、川が干上がってしまうほどの日照りです。
 国中がおもちゃ箱をひっくり返したような騒ぎになって、ばたばたと人が死に、残り少ない水をめぐって各地で戦争が起こりました。
 くるみのある村でも、当然水がなくなって食料もつき、次々と人が倒れていきました。
 そんな時、一人の少女が教会にやってきてお祈りをしていました。彼女はいつも遊んでいる魔法のくるみにも必死でお願いをしました。
「このまま雨が降らないとみんなが死んでしまいます。お願いだから雨を降らせてください」
 そう言って、目から涙をこぼしました。
 涙がくるみに触れた途端、それまでどんな方法や力でも割れなかったくるみが見事に二つに割れました。
 すると見るまに雨雲が広がって、国中に雨が降り注ぎました。人々は争いをやめ、誰もがこの恵みの雨に感謝しました。
 けれど誰一人として――当の少女自身でさえ、その原因を知りません。
 そうです、魔法のくるみと少女の涙のおかげであることを。

――Thanks for your reading.

戻る