氷の日≠ェはじまった。 つまり、水の日≠ェ終わったのだ。暦は火からはじまって、風、水、氷、そして火へと戻って一巡する。一つの日は九十回の日の出と日没を数える。 (嫌な日だな) と、ユウは考える。氷の日はずっと寒い日が続いて、風邪を引きやすいユウはあまり外に出て遊ぶことができなかった。 (ずっと風の日≠ェ続けばいいのに) そう、思う。一年で一番すごしやすくて、ユウにすればこの他はみな余計なものにしか思えなかった。 (それにしても、寒いや) 自分の部屋からずっと外を眺めていたが、いつの間にか吐く息が白くなっていた。下に行こうと思って暖房を消してから、ずいぶんたったらしい。 ユウが二階の窓からはなれて一階の居間に行こうとした時のことだった。 こつん、と窓がなった。 (?) 近づくと、小石が飛んできて窓を叩いた。(なんだろう?)と思いながら窓を開けてみると、家の前の路地に四人ばかり、子供が立っているのが見える。 「おおい、ユウ」 と、一番背の高いのが言った。氷の日≠ノなると、空気はいっそうざわめきをやめるのか、ひどく静かである。声は、山でこだまを返すような印象でよく聞こえた。 「今からちょっと遊びに行こう」 その少年、ノウトが言った。五人で遊ぶ時は、いつもリーダー格になる少年である。落ち着いて、大人のように冷静なところがあった。 「どこに行くのさ?」 と、ユウは訊きかえした。 「僕、寒いのは苦手なんだよ」 「うん、それも関係してるんだ」 「?」 どういうことだろう。 「とにかく降りてこいよ。いつものおばけ天井≠ナ待ってるから」 ノウトは言って、手を振った。それから向きを変えて、もう行ってしまっている。他の三人も手を振ったり、「早く来いよ」と言ったりして、歩いていってしまった。 (なんだろう?) 外に出るために厚着をして、階段をかけおりながら玄関で靴を履くと、 「ちょっと行ってくる」 と大声で言って、扉を開けた。 「どこに?」 と、居間のほうから聞こえたが、ユウは、「ちょっと友達のとこ」と言って、外に出て、扉を閉めた。 おばけ天井≠ヘ、ユウとノウト、それに同じクラスの女の子のナイ、二人兄弟のセツとコウナでつけた名前で、この町で一番高いビルの屋上のことである。 「おばけ」 とつけたのは、実はここで四人が肝だめしをやったためだった。五人が友達になったきっかけが、この屋上の肝だめしなのである。 肝だめしが終わったあと、ノウトが空を眺めていた時に、 「おばけってさ、きれいなもんだな」 と笑って言ったのが、きっかけだったようでもある。その日まっくらな屋上でふと空を見上げると、夜空一杯に星が瞬いていた。 「今日のことは、僕ら五人の秘密にしよう」 と、ユウが言った。それで今も、あの日五人は肝だめしに行くのをやめにして、たまたま親の出かけていたセツとコウナ兄弟の家に遊びに行ったことになっている。 その後、おばけ天井≠ヘ五人が遊びの相談をする場所になっていて、この日四人がユウをそこに誘ったのも、そういう理由だった。 家を出て、白い息を吐きながら二十分ほど行くと、町で一番高いビルにつく。そこからエレベーターに乗って、一気に最上階の二十五階に到着した。 関係者以外立ち入り禁止の看板をこえて階段を上ると、鍵のかかっていない引き戸があって、ユウは屋上に出た。 四人がすでに待っていて、みんな寒そうに手に息を吐きかけたり、無闇に動き回ったりしている。 「遅いよ、ユウ」 手に息を吐きかけていたナイが、不満そうに言った。「私、凍え死ぬかと思った」 「ごめん、急いだんだけど」 ユウはナイを軽くいなしながら、 「ところでどうしたの? なにかおもしろいことでもあった?」 と、ノウトのほうに訊いた。 「それがさ、それがさ」 と、コウナがはしゃいでいる。セツがしっかりした兄さんの分、弟のコウナは甘ったれたところがあって、五人の中では一番子供っぽかった。 「暦の塔≠ノ行くんだって。ずっと風の日≠ノしてもらうんだ」 「? よく分からないけど」 ユウは、少し困った。 「どういうこと?」 もう一度ノウトに訊いた。 「うん、ユウは四つの日≠フ中でどれが一番好きだい?」 と、ノウトは落ち着いて訊いた。 「それは――」 「風の日≠謔ヒ」 ナイが口を挟む。ノウトが苦笑しながら、 「そうなんだ。氷の日≠ヘ寒いばっかりだし、火の日≠ヘ逆に暑い。水の日≠ヘ暑くも寒くもないけど雨ばっかりで遊べない」 「そうだけど……」 「だから、風の日≠セけで僕らはいいと思うんだ」 「うん」 「そのために――」 「そのために?」 「暦の塔≠ノ行こうと思う」 「でも、あそこは……」 子供が入ってはいけない。いや、子供だけでなく大人も、誰も入ってはいけない。町の北西にあって、いつも日≠ェそこから始まると言われている。 確かめた者は、いない。 ただ人々の噂として、その塔から日≠ェ生まれていると言われる。 「あの塔に?」 「そうだよ」 と、ノウトが言った。 (ノウトが言うなら) という安心感と、誰も行ったことのないあの塔を見てみたいという気持ちが、ユウの心の中を占めた。「僕も行く」と、ユウは喜んで賛成した。 「よし、じゃあ行こう」 と、ノウトが言った。 「今から行くの?」 何の準備もしていないのだ。 「大丈夫だよ」 コウナが無責任にはしゃいだ。 「だって、僕と兄ちゃんがあの近くに行くのに一時間もかからなかったもん」 「本当?」 セツのほうを見た。 無口な少年で、ただ頷いている。セツは学校でも嘘をついたことがないので有名だった。 「それなら、大丈夫かな……」 「ユウはシンパイショウよね。そういうのって、人生を損するタイプなんだってパパが言ってたわ。三年先のことを考えると……何とかだって」 「鬼が笑うんだろ」 ユウは言いながら、屋上の端にまで行って暦の塔≠フほうを眺めてみた。 ほんの少し、手を伸ばせば届きそうな距離に、それは見えている。確かに一時間もあれば楽につけるような気もした。 「じゃあ行こう」 ノウトが手を叩いて、みんなが頷いた。 誰も、これが大変な「一時間」の始まりになるとは、思っても見ないでいる。
事態がややこしくなるのに、時間はかからなかった。 「迷ったんじゃないの?」 ということだ。 道案内は一度行ったことがあるというのでセツとコウナがかって出たが、 「あの森を抜けたほうが早いよ」 と、コウナが言い出したのである。道は森を大きく迂回して伸びており、森を突っ切って直線で行ったほうが、確かに早い。 セツにも、油断があったのだろう。四人とも、強硬に反対するようなことはなかった。 結果、迷った。誰も、コンパスすら持っていない。 「ごめん、僕のせいだ」 と、普段無口なセツがすべての責任を背負いきったようにして言うと、他の三人もいちいち二人を責めるわけにはいかなかった。 「で、どうするわけ?」 ナイは、根っからの楽天家なのか、まるで自分はどうにかなるといった無責任さのある声の調子で訊いた。 「とにかく森を抜けるしかないな。どこか道に出れば、帰ることだってできるよ」 リーダーらしく、ノウトが今後の方針を決定した。 「樹の年輪を調べるってやつは?」 ユウが言ってみるが、 「ここは斧入らずの森≠ナ、誰も木を伐っちゃいけないことになってるんだよ。切り株はないと思う」 あっさり否定された。「そうなんだ」と、ユウががっかりすると、ナイが馬鹿みたい、というふうに笑った。 「とにかくどっちに行くか決めよう。決めたら、木に目印をつけて、これ以上迷わないようにする」 じゃんけんで決めることになった。五人が輪になって、勝った人のほうに進む。 ユウが、勝った。 (僕か……) こういうことではあまり自分につきがないような気が、ユウはしている。自信がなかった。 「本当にこっちにいくの?」 「どっちでも一緒よ。シンパイショウ」 「大丈夫だよ、ユウ。どうせ分かんないんだし、どっちにいっても同じさ」 「……」 仕方なく、ユウは頷いた。 それからノウトが先頭になって、果物ナイフで木に傷をつけながら、五人はまだそれでも元気に歩いていた。 が、一時間以上たっても、森の中である。 やがて、日が暮れ始めた。 「どうしようか」 ノウトもさすがに、途方に暮れてきたらしい。 「野宿?」 ユウが訊くと、ナイが即座に、 「嫌よ、私。こんなに寒いのに」 「仕方ないんじゃねえかな」 セツが言う。「おもしろそうだよ」と、コウナの声が続いた。 「もう少し歩いてみて、それでだめだったら仕方ない。明日を待とう。夜中になったら、とても歩いていられないから」 ノウトが、みんなの意見をまとめた。 さらに三十分ばかり歩いたところで、日が沈みはじめ、辺りが急に昏くなり始めた。ナイは野宿なんて嫌、とまだ歩こうとしたが、木の根につまずいて転んだのですぐに撤回した。 太陽が落ちると、森の中は真正の闇である。月明かりが所々から差し込んでいるが、それ以外は何が潜んでいてもおかしくないような黒々とした闇が広がっていた。 木の根の下が崩れて窪地になっているような場所があったので、五人は一緒になってそこに固まった。歩いていた時の熱が冷えてくると、ナイが「くっつかないでよ」と言えるほど辺りは暖かくなかった。 今は氷の日≠ネのである。 五人は震えながら、歩き疲れたのやら、ひもじいのやらで、無闇と心細くなってきて、 「僕たち、このまま森の中から出られないのかな?」 と、コウナがまず弱音を吐いた。 「そんなことないさ」 と、ノウト。 「今頃、親たちが捜しに来てくれてるさ」 (でも) と思って、ユウはそれを言うのをやめた。 「誰か、親に行き先を言ったものがいるかい?」 ということだった。言っているはずがなかった。暦の塔≠ノは誰も近づいてはいけないのだ。 (言わないほうがいいな) 今そんなことを言えば、みんなはもっと弱気になるに違いなかった。というより、ノウト自身みんなを励ますためにそんなことを言っているのだ。ナイが「シンパイショウ」というほど、ユウはやたらに物事を心配するのは嫌いでもあった。 「この森って、狼とかはいるの?」 と、ナイが訊いた。 「聞いたことはないな」 セツが言った。この少年は言葉数が少ないこともあって、よほど落ち着いた印象を与える。 「でも、いたら?」 「まさか」 と、ノウトが言った時のことだった。 がさっ、と音がしたのである。 五人は全員とも「ひっ」とか、「うわっ」とか言って、互いにしがみついた。怖くて、音のほうを見ることもできなかった。 「――」 気配が、近づいてきている。 「君たち、誰?」 声が、した。 「?」 ユウがちらっと見てみると、月明かりを背中にして少年が立っていた。黒い髪で、鳶色の瞳が深く輝いている。温和そうな少年で、ごく素直に五人のことを驚いているように見えた。 「君こそ、誰なんだい」 と月の光の下に立つ少年に、ユウは訊いた。 「僕? 僕はキセツ。暦の塔≠フ番人さ」 「えっ」 と五人が一度に驚いた。 「本当なの?」「塔ってどこにあるの?」「どうして君が?」「一人でやってるの?」「番人てどういうこと?」 キセツと名のった少年は困ってしまって、 「そんなに一遍に訊かれても答えられないよ」 と、しごく当然なことを言った。 「じゃあ、まず君は塔の場所を知ってるのかい?」 例によってノウトが全員を代表して訊いた。 「うん、知ってる。ここからすぐ近くだよ」 「僕ら道に迷ったんだ」 と、コウナが急いで言った。 「塔に案内してくれない?」 「うーん、どうかな」 と、キセツは首をかしげた。 「本当は誰も中に入れちゃいけないんだけど、仕方ないかな。こんな寒い日に野宿なんてかわいそうだからね」 五人はほっと息をついた。 「ついて来なよ、すぐそこだから」 そう言ってキセツは歩き出した。 ノウトが先になって、ユウ、ナイ、コウナ、セツの順であとに続く。 「ところで、どうして君たちはこんなところにいたの?」 キセツが、前を行きながら訊いた。 「えと」 ノウトは嘘が下手だ。 「森で遊んでたらいつの間にか迷ったの」 と、ナイが横から言った。 「こんな日に?」 「こんな日だから、いつもと違うことをしたくなるんでしょ」 落ち着いている。 「ふーん」 キセツはそれほど興味はなさそうで、 「今度から気をつけたほうがいいよ。小さな森だけど、子供だけじゃ危ないもの」 「でも、君は」 と、ユウが訊いた。 「一人でここにいるの? それに番人て……」 「……」 キセツは、黙った。 (訊いちゃ、まずかったのかな?) (私が知るわけないでしょ) (怒って僕らを置いて行っちゃったらどうするの?) コウナが心配そうに言ったとき、 「着いたよ」 キセツの声が響いた。
小屋の中は電気が引かれていて明るく、ログハウスのような感じの建物だった。 「ここは番人のための小屋なんだ。暖房もあるし、今夜はここでゆっくりしていっていいよ」 とキセツは言って、毛布を取り出すためか小屋の奥のほうに歩いていった。 「いいのかな?」 と、ユウが言った。 「シンパイショウ」 「違うだろ、あのキセツって子が誰かってことだよ」 「泊めてくれるって言ってるよ」 コウナは単純だ。 「考えてもしょうがないさ。あいつが自分から言わないんだからな」 セツも、似たような意見らしい。 「そうだね、今日はもう泊めさせてもらって、明日になったら帰ろう。もう十分冒険になったしね」 ノウトがまとめる。 「……」 ユウはちょっと黙って、言うのをやめた。なにか、気になるのだ、あの少年は。 それからみんなソファに座ったり、窓から外を眺めたり、安心したせいか気が抜けて、塔のことなんてもうどうでもいいという感じだった。 キセツが戻ってきて、全員分の毛布を置いて、ナイには一つだけのベッドのほうに案内した。 「ナイずるいや」 と言ったのは、コウナだけである。 「今日は疲れているから、みんなもう寝よう」 とノウトが言って、キセツも「その方がいいよ」とすすめたので、ソファに横になって毛布をかぶり、全員とも眠ることにした。 「電気を消すよ。僕はちょっと用事があって外に行くけど、みんなは心配せずに眠ってて」 明かりが消え、扉が閉まる音がしてキセツが出て行く気配があった。 月の光で小屋の中は白く照らされていて、何の音もしない。光の中に音が沈んでしまったようだった。 (……) ユウは、眠れなかった。 (ノウト、もう寝たの?) と小声で呼びかけてみるが、返事がない。少し体を起こしてみると、三人とも疲れて眠ってしまったらしかった。 (……) ユウは頭の後ろで手を組んで天井を見上げて、ぼんやり考えていた。 (番人) 何のことだろうか? あの少年が一人で? どうして誰も近づいてはいけない塔を? どんな役目があるんだろう? (孤独) なぜか、そんな言葉が浮かんだ。キセツの瞳は、寂しい。 ユウはそっと起き上がって、小屋の外に出た。一瞬、寒さで身が震えたが構わず外に出て、辺りを見回した。 「キセツならあっちに行ったわよ」 ユウは驚いたが、ナイが、すぐそこに立っていた。ユウが小屋を抜け出したのに気づいて、自分も外に出たのだろう。 「どうして分かるのさ?」 「窓から見えたの、キセツがそっちに歩いていくのが」 「そっか」 ユウはそっちを向いてから、 「一緒に行く?」 訊いた。 ナイはちょっと慌ててから、しかし頷いて、 「行くわよ、ユウだけじゃ心配だもの」 「シンパイショウ」 と、ユウは笑った。 「違うわよ、私のは、その……もうなんでもいいから行きましょう。寒いんだから」 ユウはもう一度笑って、ナイの言う方向に歩き始めた。よく見ると細い幅の道があって、そこを十分ほど歩いていると、少し開けた場所に着いた。 暦の塔 おばけ天井≠ゥら見えたそれが、たしかにそこにあった。 「ねえ」 「なんだよ?」 「これって暦の塔≠謔ヒ」 「そうだろ」 ユウはナイが何を言い出すのか、よく分からなかった。 「私たち、本当に来ちゃったんだ」 「当たり前だろ」 ユウは、呆れた。元々そういう目的だったのではないか。 (ナイのことだから、冗談半分だったんだろうな) とユウは思ったが、といってナイの心情は少し違う。ナイは、ユウと二人でここにいるというのが、むしろ驚きだった。 「キセツは中かな?」 ユウは別にナイのことなど気づきもせずに、塔に近づいている。青っぽいクリーム色の妙な色の塔で、十四、五メートルくらいの大きさがあった。 ユウが正面の扉を押すと、簡単に開いた。少し錆びた音を響かせながら、両開きの扉の片方が開いていく。 「行くの?」 ナイは、なにか不安になってきたらしい。 「ここまで来たからね」 ユウは扉を最後まで押しながら、 「行くしかないよ」 「でも、大丈夫なの?」 ユウは笑った。 「シンパイショウ」 それから扉の片方をすり抜けて、中に入った。ナイが慌ててそれに続く。 「わあ」 塔の中は、白かった。光で一杯なのだ。月がすぐそばで浮かんでいるかのように、白く、清澄な光が部屋の中に満ちていた。 「なんだろう、これ?」 ユウは、分からずに呟いていた。光源は、どこにもないのだ。部屋の空間そのものが光っているような感じだった。 が、そういうことではなく、なにか妙な感じを覚えている。 (涼しい?) 「やっぱり来たんだね」 声が、した。ユウとナイが見てみると、正面の階段のところにキセツが立っている。 「森の中で遊んでいたって言うのは、嘘かい?」 ナイがむっとしたように、 「別に嘘なんかじゃないわ。あなたのほうこそなんのよ、番人て、なに?」 「……」 キセツの表情は変わらなかったが、その表情にはずいぶん哀しい感じが、ユウにはした。 「僕らはさ」 と、ユウは自分でも気づかないうちに口を開いていた。 「暦の塔≠ノお願いに来たんだ。みんながすごしやすいように、一年中風の日≠ノして欲しいって」 「……」 キセツはちょっと黙ってから、 「この光、なんだと思う?」 「? さあ」 「風の日≠ウ。この部屋の窓を全部開けると、風の日≠ェ流れ出す」 「じゃあ、今は」 「そうだよ、氷の日≠フ部屋の窓が開いている。一階が風の日=A二階が水の火=A三階が氷の日≠ナ、四階が火の日=v 「なら、風の日≠セけにでもできるんじゃないの?」 ナイが、言った。 キセツは首を振って、 「そんなの、変だ」 と、妙な言い方をした。 「変、てどういうこと? 風の日≠フほうがすごしやすいし、みんなだって喜ぶじゃない」 ナイはふくれた。 「ここではずっと、それぞれの日≠巡らせてきて、みんながそれにあわせている。花は火の日≠ノ咲いて、風の日≠ノ受粉して、水の日≠ノ実をつけて、氷の日≠こえて、また火の日≠ノ花を咲かす。風の日≠ホっかりになったら、花はなにも出来なくなってしまう」 「……」 「人間だって、本当はそうなんだ。四つの日≠ノ従って暮らしていた。今はそれがめちゃくちゃになっていて、だから君たちもそんなことが言えるんだ」 (僕らが……?) ユウは少し驚いた。それから、 「そうだったんだ」 と、呟いた。 「どうしたの?」 ナイが驚いたが、ユウは答えずに、 「君は、僕たちが忘れていたものだったんだ。だから、そんなに寂しそうで、でも気になって、懐かしいもののような気がしたんだ」 「……」 「君は自然なんだ。自然と一緒に生きている、本当の自分。本当の人間。でも今は一人ぼっちで、誰も気づかないでいるもの」 キセツは、少しうつむいている。 「そうなんだね」 ユウが訊ねると、キセツは頷いた。 「むかし、世界には季節≠ニいうものがあって、人々はそこで暮らしていたんだ。けど、人々が自分たちの便利さばかり追いかけているうちに、それは無くなってしまった。季節≠フ大切さを知った人々は、代わりにこの塔を作って、同じような四つの日≠巡らせるようにしたんだ。僕はその人たちの想い≠ゥら生まれた番人なんだ」 「……」 「分かってもらえたかな?」 キセツは、少し笑って言った。哀しい笑顔。みんなが、彼のことを忘れている。 「分かった」 と、ユウは急に大声を出した。隣りで、ナイがびっくりしている。 「僕は忘れない、キセツのことを。みんなにも忘れないように教える」 「うん」 と、キセツが微笑した。 「あ、わ、私も。本当は風の日≠ホっかりがいいけど、結局それで困るのは私たちだもんね。きっと忘れないようにする」 キセツはもう一度、微笑んだ。
そのあと、二人は小屋に戻って朝まで眠った。 が、起きてみると、何もなくなっている。五人は落ち葉をかぶって寝ているだけで、ログハウスのような小屋も、布団も、皆なくなっていた。 「どうなってるんだ?」 と、ノウトが言ったが、誰も何も分からなかった。 ユウとナイが念のために塔まで行ってみると、扉などはどこにもなくて、窓も存在していない。円柱形の色あせた塔が、ただ立っているだけだった。 「夢でも見ていたのかな?」 と五人が道を帰っている時に、ユウはナイに訊いてみた。 「でも私、覚えてるわよ。ユウと一緒にあの塔に入ったこと」 「僕も覚えてるよ。キセツは季節≠ナ、僕はきっと忘れないって」 「なら、夢じゃないでしょう」 「そう……だね」 ユウは、笑った。そう、「忘れない」と、あの少年に言ったのだ。 五人が家に帰ると、親たちは心配したり、叱ったり、喜んだりしたが、誰も塔に向かったことは言わなかった。おばけ天井≠ニ同じで、これも五人の秘密になったのである。 (氷の日≠ゥ) ユウは窓の外を眺めても、この日からそれがそんなに嫌いではなくなった。
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