ある日、キツネは遺言状を書きました。こんな遺言状です。
ワタシハ不治ノ病ニ冒サレマシタ。誰カワタシノ最期ヲ看取ッテクダサイ。ワタシノ最期ヲ看取ッテクレタ方ニハ、ワタシノ全財産ヲサシアゲマス。
キツネは森の動物たちの中でも、物持ちで有名でした。乾燥して清潔な洞窟に住んでいて、そこにはきちんと皿の並んだ食器棚と、ふかふかのベッドまでついていました。 知らせを聞いた動物たちは、さっそくキツネの家に向かいました。
まずやってきたのは、イノシシです。 イノシシは早速、竹の箒をとりだして、部屋の掃除をはじめました。 ところが、イノシシはあんまり急いで床を掃くものだから、部屋は埃が舞って、かえって汚れがひどくなるくらいでした。キツネは息が苦しくなって、ごほごほ咳をしました。 イノシシは諸事、そんな様子でした。 そしてキツネがなかなか死なないと分かると、イノシシは一週間ほどして出て行ってしまいました。
次にやってきたのは、クマです。 クマは早速、大きな鍋をとりだして、料理を作りはじめました。 ところが、クマはあんまりのろまなものだから、肉を焼こうとすると焦がしてしまい、シチューを作ろうとすると煮詰まって鍋の底に茶色い塊ができるだけでした。キツネは何も食べられず、ぐうぐうお腹が鳴りました。 クマは諸事、そんな様子でした。 そしてキツネがなかなか死なないと分かると、クマは一週間ほどして出て行ってしまいました。
その次にやってきたのは、オオカミです。 オオカミは早速、金だらいと洗濯板をとりだして、服の洗濯をはじめました。 ところが、オオカミはあんまり乱暴なものだから、シャツやタオルをびりびり破いて、駄目にしてしまいました。キツネは気づかれないように、やれやれとため息をつきました。 オオカミは諸事、そんな様子でした。 そしてキツネがなかなか死なないと分かると、オオカミは一週間ほどして出て行ってしまいました。
――どの動物たちもみな、そんな調子でした。心からキツネのことを思いやるものはおらず、みなキツネがなかなか死なないと分かると、一週間ほどして去っていったのです。
最後にやってきたのは、ヒツジでした。 キツネは今までのことを思って、 (どうせこいつもいい加減なことをして、俺が死なずに財産をもらえないとなると、嫌になって出て行くんだ) と思っていました。 ところが、ヒツジは実に丁寧に、かいがいしくキツネの世話をしました。きれいに部屋を掃除し、おいしい料理を作り、汚れ一つなく服を洗濯したのです。 そして一週間がすぎても、ヒツジが出て行こうとする気配はありませんでした。 「どうしてあんたは、俺にこんなに優しくしてくれるんだい?」 キツネはベッドに横たわったまま、訊きました。 「どうしてって、あなたは困っているんでしょう?」 ヒツジは当たり前のように答えます。 「でも俺は、君にひどいことばかりしていたじゃないか」 キツネは昔のことを思い出しながら、言いました。キツネは決して、善いキツネではなかったのです。 「そんなこと」 と、ヒツジは笑います。 「忘れました。ずいぶん昔のことですから」 それはまったく何の屈託もない、朝の太陽のような笑顔でした。 キツネはその笑顔に、はっと心打たれたようになって、やがてぼろぼろ泣き出し、「……嘘なんだ」と言いました。 「不治の病なんて嘘なんだ。俺は全然、病気なんかじゃないんだ。あれはただ、みんなを試してみたくてやっただけなんだ。全部、嘘だったんだ」 「………」 ヒツジはしばらくして、同じ笑顔を浮かべて言います。 「――なら、よかったです。病気じゃなくて、よかった」 そう言われて、キツネはますます泣き続けるばかりでした。
|