[霧の王宮]

 ウォルフラムの宮殿では、今夜も夜会が開かれていました。醒めるような星々の群れの下で、宮殿はなおいっそうの光に包まれていました。窓という窓からは明るい光がもれ、美しい音楽が聞こえてきます。古王国様式の優美な外観がシルエットとなって夜の中に浮かび、白亜の壁は水の中から浮かび上がってくるようにぼんやりと見ることが出来ます。
 宮殿の中では、何が行われているのでしょう。
 まずは、大広間です。高い天井を持った大広間は、片側が外庭に面し、もう一方が中庭に面していました。天井からは豪華なシャンデリアがつるされ、辺りをまるで昼のように明るく照らしていました。人々はそこで、ダンスを踊っているのです。
 美しい調べが楽団によって奏でられています。バイオリン、フルート、ハープ、チェンバロもあります。集まった人々はそれに合わせてワルツのステップを踏んでいました。どの人も念入りに着飾って、まるで蝶がひらひらと舞っているようです。
 フロアで踊る人々を、外から眺めている人々もいます。それは年老いてもう踊ることは出来ない老人や、期待と不安でないまぜになりながらダンスの誘いを待つ若い娘たちでした。彼女たちは壁際の花となって、いくらか緊張した面持ちでフロアや辺りを眺めています。
 またそれたより外、中庭や外庭に面するバルコニーへと出る人たちもいました。それは涼しく気持ちの良い夜風に当たるためや、恋人同士がゆっくりと語り合うためでした。あるいは恋人になるために、という者もありました。愛する二人は幸せそうに、心いくまで互いのこと、互いを想う気持ちについて話しています。
 大広間を後にして、他の部屋をのぞいてみましょう。
 扉を開けたすぐ隣の部屋では、いくつかのテーブルを囲んでカードゲームが行われていました。こちらではポルト、あちらではクロリエットといった具合です。トランプは精緻な絵模様が施され、それだけでも立派な芸術品でした。
 ちょうど今、一人の青年が大事な一枚を引くところです。それがハートの六なら、青年の勝ちでした。同時にテーブルの中央に置かれた百リオンの掛け金をも、手に入れることが出来ます。
 青年は震える手でカードを山場から取りました。そして恐る恐るその数字を見ます。六。ですが、絵が違います。それはダイヤの六でした。そして青年が運をつかみ損ねたうちに、他の一人が上がってしまいました。まったく、青年はついていませんでした。
 また、他の部屋ものぞいて見ましょう。
 その隣では、人々はめいめいで勝手にくつろいでいました。飲み物を手に政治向きの話をする男の人や、他愛もないおしゃべりに興じる貴婦人もいます。隅っこのほうでは小さな机の上でチェスをする老人と青年がいました。二人は化粧石で作られた見事な駒で勝負をしていましたが、その駒以上に見事な勝負をしていました。兵士が騎士を倒し、騎士が城を取ります。勝負は結局、老人が勝ちました。しかし二人とも満足そうに笑うばかりです。
 次の部屋では、人々は皆静かにしていました。というのも、語り部が物語をしていたからです。その話はこの国の人間なら誰でも知っているあの『フリュクの竜殺し』でした。語り部はそれを上手に、まるで目に見えるように話しました。聞いていてつい釣り込まれてしまう、見事な話し方です。語り部は他に、『小人の妖精』や『ナナばあさんの話』をしました。中央に立った語り部を囲むように人々はイスに座り、黙って大人しく聞いています。
 今度は宮殿の奥のほうへと行って見ましょう。一度中庭へと出て、渡り廊下を行きます。中庭の樹木は夜の闇の中でひっそりと呼吸をひそめ、部屋の明かりがかすかにそれを照らします。草花に混じって置かれた彫像たちは、眠っているように動く気配さえありませんでした。
 さて、渡り廊下を過ぎると、そこは宮殿の主である国王の生活の部屋でした。つまり国王はそこで寝たり食事をしたり、一人で書見をしたりするのです。
 国王には一人娘がいました。その子供はそのうちの部屋の一つですやすやと眠っていました。夜会に出るにはまだなんといっても幼すぎましたし、もうずいぶん夜も更けていたのです。
 少女はベッドでぐっすりと眠りながら、星々の間を旅する夢を見ていました。そしてそれは、ずっと後になって実現することだったのです。すなわち、彼女、ディリード姫は国王の死後の革命でノール(注:星≠フこと。各州をさす言葉)を転々とし、ついにイルフィエン家のもとで王権の復興を果たしたのでした。
 けれど今の彼女は何も知らない、ただ平和な眠りの中にありました。なんといってもそれは、ずっとあとのことだったからです。
 それでは宮殿の中を離れて、その周りを見てみましょう。
 宮殿とその外塀の間の道を、二人一組で夜警の人間たちが巡回していました。そこには宮殿の明かりも、音楽も、ほんのわずかしか届きませんでした。けれど夜警たちには、それが仕事でした。宮殿の人々は自分たちを陰から守る存在を気にすることもなく、パーティーを楽しんでいました。
「霧が出てきたな」
 と、夜警の一人が言います。
 その通りに、夜が明けはじめ、黒い闇に代わるように白い霧が現われてきました。宮殿は雲の中に漂うようにして、そこに浮かび上がっています。
 これが霧の宮殿、ウォルフラム宮殿での一夜の話です。そしてこの宮殿は、今では本物の霧の宮殿になってしまいました。何故って、革命によって何もかもがすっかり壊されてしまったのですから。

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