[かざなり]

 ミシュエトの山にある峠には、いつも強い風が吹いています。その音は地の底のえたいの知れぬ悪魔が歌をうたっているようでもあり、土地の人たちは「かざなり」とこの風を呼んで恐れていました。
 かざなりは特に寒い冬になると勢いを増して、この頃には峠を通ろうとする者はありません。行商人も、巡礼の信者も、王様の軍隊だって、かざなりには勝てませんでした。
 かざなりにはそれが得意で、通れるものなら通ってみろといつも強い風を吹かせています。
 ところがある時、一人の女の子が峠を通りました。麓の村の少女で、放っておけばつい見過ごしてしまいそうな小さな女の子です。
 女の子は寒さを防ぐために厚木をし、手袋をはめ、小さな革靴をはいています。
 かざなりはこれをこしゃくに思って、さっそく強い風を吹き始めました。枯葉が散り、ぴゅうぴゅうと女の子に風が吹きます。
 女の子は外套のすそをあわせましたが、それだけでした。
 かざなりはむっとして、今度はもっと強い風を起こしました。木の枝が悲鳴をあげるようにしなり、びゅーびゅーと女の子に風が吹きます。
 女の子は少し身をかがめましたが、それだけでした。
 かざなりはいっそう闘志を燃やして、もっともっと強い風を起こしました。小石が転がり、木は幹がきしんで曲がり、ごうごうと女の子に風が吹きます。
 女の子は地面につきそうなくらい身をかがめて、それでも進むことをやめません。
 かざなりは混乱してしまいました。今まで一度だってこんなことはなかったのです。どんな勇気のある人間だって、風にあおられて崖から落ちるのを恐れ、引き返して行ったのですから。
 一体この小さな女の子が引き返さないのはなぜなのか、かざなりは不思議でしかたありませんでした。
 かざなりは麓の村へとおもむき、少女の家をのぞいて見ました。そこには病気で寝ている母親の姿があります。父親は村の外に働きに出ていて、少女の他に薬を買いにいける者はありませんでした。
 かざなりはそれを見ると、急に自分が恥ずかしくなりました。この少女に比べて、自分は何と卑小なのでしょう。かざなりは、ただ自分の小さな愉快のためだけに人々を困らせていたことが、たまらなく恥ずかしいことに思えました。
 峠に戻ってみると、女の子はまだ道の半ばにもさしかかっていませんでした。小さな足では、この峠は厳しすぎたのです。
 かざなりは女の子の後ろに回ると、そっと背中を押してやりました。
 女の子は追い風のおかげで無事に峠を越えることができました。そして町で薬を買うと、急いで村へと戻ります。
 女の子は間にあいました。病気のお母さんは薬を飲むとたちまち元気を取り戻し、ベッドから起き上がることができたのです。
「よかったね」
 と女の子は言いました。
 けれど彼女のその想いが、かざなりを改心させたことまでは分かりようもないことです。

――Thanks for your reading.

戻る