[星の海を越えて]

 昔、一人の王子がいました。彼は夜毎に空を眺めては、漆黒の海に浮かぶ無数の輝きに見入っていましたが、いつしかその内の一つ、星々の中でも一等、凛々と、それでいて柔らかな光を持った一つに、恋をしました。
 そのため、彼は病に伏した者のように寝台に倒れ、食事もろくにのどを通りませんでした。彼の想いがいくら募ろうとも、天上の星はあまりに遠すぎて、彼の声さえ、そこには届かなかったのです。
 それでも諦めきれなかった彼は、透き通った水晶を切り出して星の船を作り、白鳥の羽で帆を張り、貝殻の櫂を備えつけました。彼はその船に乗り込むと、さっそく目当ての星へと旅立ちました。
 昏い暗黒の馬頭星雲を抜け、光り輝く雲たゆたうオリオン星雲を渡り、恥ずかしげに身を隠す干潟星雲を越え、真紅の花咲くバラ星雲で金色の蝶の群れに遭い、雷雨逆巻く蟹星雲をようやく通り抜け、王子は目指す星へとやって来ました。
 金色の星には、銀の城が建てられ、銅の広間には一人の少女がいました。少女は青玉の髪飾り、真珠の糸で編んだ服、柘榴石の靴を身にしていました。その美しさは、まるでこの星の輝きそのものが彼女であるかのようです。肌は瑞々しく生気を持って、頬は花びらのように優美でゆるやかに、その瞳は夜空の黒漆のようにどこまでも吸い込まれていくようでした。
「僕はあなたに会うために、千の海と千の空を越えてきました」
 と王子は言いました。
「だから、僕は」
 それから少し言いよどんで、
「あなたと一緒に行きたい」
 少年は頬を赤らめつつ、言ったのです。
 少女もまたうつむきながら、それに対して小さく頷きました。
 それから二人は、二人だけの誓いを立てて、船に乗り、星の海へと出ました。
 晴れた日に夜空を見れば、その光景がどこか遠くに見えるかもしれません。
 美しい船に乗って旅する、少年と少女の姿が。

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