7、暗殺
翌朝、リーディが目覚めてみると、どういうわけかベッドの上で寝ていた。別におかしなことではないが、記憶にない。 (エディスかな) と思って見回すと、壁に背をもたれて腕を組んで床に眠っている。寝つきのいい男らしい。 (存外親切な人だ) 思いつつ、リーディは立ち上がった。頭は、妙なほどすっきりしている。落ち着いている、といってもよい。 (妙なものだな) と自分でも思った。この少年は生きる上で悩むことはあっても、そのことで自分を痛めつけるようなことがなかったから、苦しみが持続しないようにできているのかもしれない。 それは、ともかく。リーディは食堂に行って、適当に軽食を作ってもらった。胃の中が空なだけに、ひどく腹が減っている。 料理人の男は心得ているらしく、朝食の準備をしながら、文句一つ言わずにパンと簡単なスープを用意してくれた。リーディはそれをエディスの分も作ってもらってから、そっと自室に運んだ。 部屋に入ると、エディスが起きていた。が、この男は元の位置のまま目を開けているだけで、部屋に入った瞬間リーディが驚いたのも無理はない。 「何をしている」 と、この男は訊いた。自分の方こそ、そうであろう。 「軽く食事でもと思って……」 「そうか」 言ったきり、後は黙っている。 そのくせ相変わらずの無愛想な顔で、飯だけは食った。食った後で、 「君は馬鹿か」 と言ってきた。 リーディには、わけが分からない。 「何のことです?」 「昨日のことだよ」 「……」 「君は殺す時に何を考えている? 情けをかけている、わけではないだろうが、いちいち苦しみすぎているよ、君は」 「そうでしょうか?」 「そうさ」 「けど、僕らは人間です」 と、リーディはぽつりと言った。 「人が人を殺すのを辛く思わないなんて、その方がおかしくありませんか?」 「人の命なんて、そんなものにはまるで価値なんてないさ」 と、この男はいつもの声で言った。 「人間は何千といる。そのうちの一人や二人が死んだところで、全体には何の影響もない。俺達が動物の肉を食うときに、その尊さということについて考えたりするだろうか。それと同じで、人の命を奪うこと自体に罪悪感を覚える必要はないさ」 とまるで人間味を感じさせないようなことを言いつつ、この男はかすかに苦い顔をしている。 (本気だろうか?) リーディはちょっと計りかねたが、これが本気とすればこれほど恐ろしい男もいないであろう。 「とにかく、俺は他人の考えをどうこう言う気はないよ」 と言って、エディスは食器を持って部屋を出て行った。 「……」 それから、二ヶ月ほどが過ぎた。 この間、様々なことがあったが、リーディだけでなくレティング全体にもひどく関係のある事件が、十月二日に起きている。 テイン・セルスが脱走したという。 リーディがここに来て初めて会った男のことだが、この男はレティングでも随一の腕と言われていた。果然、信頼が厚い。 それが、逃げたという。 「どうしてです?」 と、急な呼び出しを受けたリーディは訊ねた。 「知りたければ本人にでも訊け。討ち手はお前だ。今から、行ってもらう」 「今から?」 外は、真夜中である。それはいいとしても話が急すぎるのではないか。 「明日になれば、テインは町を出る。その前に、何とかしろ」 リーディには、選択権はない。が、やるとなればむろん、この少年は常に本気でやる。 「分かりました」 答えて、リーディは行った。 アシュフール地区の宿屋の一軒で、すでに町の外れに近い。そこに、テインがいるという。 リーディは宿屋に入ると、宿の主人のところに行ってテインのことを訊ねてみた。 ところが、 「リーディ」 と後から声をかけられた。 (え?) 振り返ってみると、信じられぬことにテインがそこにいて、かすかに微笑して立っている。 「そろそろ来る頃だと思っていたが、君とは意外だった」 と、テインは言った。 「君ならば、都合がいい。少し話をしたい」 そう言って、テインは手近なイスに座った。 「……」 リーディも、座った。どうも妙だな、と自分でも思っている。
リーディはこの男を斬りに来たはずだったし、この男は追手から逃げているはずだった。 それが、妙なことにテーブルに向かい合って座っている。 (どういうことだろう) 「リーディ」 とテインは言った。 「人は斬ったか?」 「……ええ」 と答えるが、何のつもりかは分からない。 「何人、斬った」 「……」 リーディは閉口した。テインはまるでその事を咎めるように言う。が、それを言うならこの男はどうなのか。 「テインさん……」 「君はまだ人間のつもりかい?」 とテインは言った。つまり斬った数を言うことで、具体的にそのことを認めたくないのか、ということである。 「斬ったことは認めます。けど、僕は人間です」 「それは妙だな」 「妙じゃありません。斬ることが人として許されないのは、分かっています。けど、僕は人でないから斬っていいというより、人としてその意味を背負うべきなんじゃないかと思うんです」 「その意味とは、何だい?」 「生きることです、その人の代わりに」 「俺も……」 と、テインは微妙な笑みを浮かべてみせた。 「そう思ったよ。殺した奴のために生きてやろう、とな。しかし」 言葉を、切った。 「しかし、何です?」 「疲れたよ、俺は。何十人と斬った。その度に俺自身の生きる領域は削られていった。今では俺は自分が何者なのか、分からん」 「……」 「リーディ」 と、このレティング一の剣客はひどく優しげな目をして見せた。 「生きろよ、自分のために。人の命を背負うなんてことはやめろ。ただ斬ったことを、斬ったことの罪を覚えていればいい。背負うのは、自分の命だけでたくさんさ」 テインは不意に立ち上がって、 「もうすぐ夜が明ける。少し、歩こう」 笑顔である。が、リーディは思わずその手をつかんだ。 (行っては、だめだ) と思った。行けば、この男は自分に斬られようとするだろう。 「テインさん、やめましょう。ヴォレスさんには僕が斬ったと言っておきます、逃げて下さい」 懇願するように言った。事実、リーディは懇願している。この男を斬りたくない。斬れば、自分の中の何か重要なところまで断ち切ってしまうような気がした。 「無理だよ」 テインは笑った。 「君はどうしてここに来れた? 俺が生きていることなんて、すぐに分かってしまう」 「けど」 「いや……、もう、いいんだ」 リーディの手から思わず力が抜けるほど、この男は寂しい顔をした。 「行くよ、俺は」 言って、テインは立ち上がった。そのまま宿を出て、ゆっくりと歩いて行く。 リーディも、後に続いた。 やがてエルノア橋という小さな橋の手前でテインは立ち止まった。夜が明け始めているらしく、東の空がわずかに白い。 「ここらでよかろう」 と、この男は言った。それがひどく明るくて、少しの悲愴感もなかった。 リーディも、この男のために精一杯明るく振舞ってやろうと思った。死ぬ時くらいは明るい方がいい。 「行きます」 双方、同時に構えた。 リーディは正眼。 テインはやや右よりの正眼にとった。剣は、刃渡り五フィス二シティング(七十四センチ)の煉鳳(れんほう)≠ナ、魔法剣である。これまでこの魔法剣が何人の人間を斬ってきたのかは分からないが、そう思うと剣に妙な鬼気が走っているような気がした。 川面で魚が跳ねた。 と、同時にテインは一歩踏み込んで真っ向から斬り下げている。リーディの目に青い残光が残った。が、それだけである。紙一重ながらかわしている。 (強い) 冷汗が出る思いで、思った。腕は互角か、下手をすればリーディがわずかに劣る。 (けど) と思って、リーディは柄を握り直した。 (いい加減、この人を楽にしてやろう) テインが、動いた。 次の瞬間、リーディは無心。 剣が交錯して一方の剣に鈍い手応えがあった。 リーディは、片膝をついた。が、斬られたわけではない。疲れた。 「リーディよ」 とテインは倒れ伏しつつ、言った。 「これで俺も楽になる」 人を斬りすぎた男の、それが最期の言葉であった。
それから数日はリーディは大使館でぼんやりと過ごした。テインのことが頭から離れず、 (僕もああなるんだろうか) などと、中庭でとりとめもなく考えていると、妙に寂しくなってやりきれなくなるのである。 この間、リーディに声をかけるものが多い。テインがリーディに斬られたということはすでに評判になっており、 「相当な腕らしい」 ということが興味をそそるのであろう。 ヴォレスの態度も、変わった。 いや、相変わらず傲岸不遜で人を人とも見ぬような態度だったが、様々に世話をやくようになった。 「道場へ通え」 というのも、その一つである。それにかかる諸経費はすべて負担するというから、レティングではリーディによほどの期待をかけ始めたと見てよい。 翌日、リーディはキルドという男に案内してもらってその道場を訪ねてみた。 「衛心館」 という所で、敷地が広く道場が大きい。このトルアストでも三指には入る道場だという。 「立派なものですね」 と、リーディは感心してしまった。まったく、明真館などとは比べものにならない。 「どうして、こんなに広いんですか?」 と訊ねてみると、キルドは苦笑しながらも答えてくれた。キルドはこの道場に通っているだけによく知っている。 「ここでは道場や屋敷の他に、道場生の下宿所がある。遠在の者がこれを利用するから、この道場は普通より広くなっているのさ」 屋敷の前で、キルドと別れた。衛心館では入門の願いは屋敷の方で受けつけることになっている。 来訪を告げて待っていると、どういうわけか十五、六の黒髪の少女が現れて、 「こちらです」 と歩き始めたから、リーディは驚いた。 (誰だろう?) 服装から見て、使用人ではない。が、リーディがまごついている間に、少女はすたすたと先に行ってしまっている。リーディとしては、ついて行かざるをえない。 奥の一室に通されると、驚いたことにさっきの少女が入門の手続きを取り始めた。 (道場の人だったのか) と、リーディはようやくそんなことを思い始めている。 「では、ここに」 と少女は一冊の帳簿を取り出して、リーディの前に広げた。 「お名前、生まれた年、出身地……などを。とにかく右の人のまねをして下さい」 少女はこういう仕事には慣れていないらしい。 リーディが書き終わって帳簿を返すと、 「ああ、セルフィドの方ですか」 と、この少女はようやく年齢相応の華やいだ声を出した。 「どうかしたんですか?」 「父が、セルフィド出身なものですから」 ふっと、少女は微笑した。ひどくさわやかで、見ていて気持ちがいい。 (イリュさんに少し似てるな) とリーディは思った。 この日はこれで帰って、リーディが道場に通い始めたのは、その翌日からのことである。 この日もキルドと連れ立って行くと、さすがに盛大なものらしく、試刀の音が騒がしく響いてくる。 中に入ると、キルドは、 「それじゃあ俺は行ってくる」 と、防具を身につけて試刀の群れの中に入って行った。 リーディは道場の入口につっ立ったまま、ぼんやりと眺めている。ゆっくりとこの道場のほどを探るつもりだった。 (あの人は、強そうだな) と思ったのは、道場の中央辺りで激しく打ち合っている人物で、純白の防具をつけ、動きが流れるように美しく、そのくせ一撃一撃が岩を割るように鋭いようだった。 (ティルさんに少し似ているかな) と思っていたが、やがて「あっ」と驚いた。その白い防具の人物が隅に下がって面を脱ぐと、黒い髪がさっと広がったからである。 (女の人……) それもよく見れば、昨日応対に出ていたあの少女のようだった。 リーディが改めて見てみると、黒い髪につややかな光沢があって、肌が抜けるように白い。一見華奢で、先程の激しい打ち込みの人物と同じとは思えなかった。 「それにしても、強いな……」 と、再び面をつけて打ち合いに出た少女を眺めながら呟くと、それを聞きつけたのか近くにいた男がよって来て、 「あの方、お強いでしょう」 とリーディに話しかけて来た。 敬語を使われているところを見ると、あの少女はこの道場でもしかるべき身分の女性らしい。 「どういう方です?」 とリーディは訊いてみた。 「ここの道場主の息女さんでね、今年で十七になるが、女だてらに剣術をやりなさる。今では道場でも十指に入る腕前だよ」 「名前は?」 「オルフェさんだよ」 そこまで聞いて、リーディは急に思いついたらしく、男に防具を貸してもらった。 「どうするんだい?」 リーディは防具一式をつけ終えてから、 「お手合わせ願うんです」 にこっとして、言った。
「試合をお願いします」 と、リーディはこの衛心館でも十指には入るという少女に声をかけてみた。 「試合を?」 とこの少女が不審げな顔をしたのは、別に相手が昨日入門届けを出した人物だと気づいたからではない。珍しいのである。いくら腕が立つからといって、男が女に試合を申し込むというのは体面上あまりみっともいいことではないから、オルフェはこうも軽々と試合を申し込まれたことがなかった。 だからオルフェにすれば、 (変な人) と思わざるをえない。が、そう思うと返って好奇心が湧いてきて、 「いいでしょう」 と、門人達を下がらせて道場の三分の一ほどを試合場として確保した。 「審判は?」 リーディが訊くと、 「私がやります」 と答えた。負ける気はないらしい。 立ち合ってみると、オルフェは多少下がり気味の中段に構えを取ったが、なるほど、少しの隙もなく整然と構えている。 (イリュさんより、出来るな) と思って、リーディはちょっと笑った。イリュの悔しがる顔が目に浮かぶようである。 「何を笑っているんですか」 オルフェは、不機嫌そうな声を出した。顔は見えなくても雰囲気で分かるのだろう。 「ちょっと思い出してたんです」 言って、リーディは笑いを消した。オルフェが飛びかかってきたからである。 確かに、強い。 一撃一撃の狙いが正確で、素早く、ほとんど間断なく打ち込んでくる。が、腕力の無さはどうしようもなく、打ちが軽い。 リーディがその一つ一つを適確に防いでいると、オルフェはこれはどうにもならないと思ったのか、下がって間合を取ろうとした。 が、リーディはそれとほとんど同じタイミングで一歩、踏み込んでいる。 (あっ) とオルフェは思ったであろう。 次の瞬間、オルフェは胴をしたたかに打たれ、息がつまった。 それでもこの娘は、 「一本です」 と、極めて冷静に言った。 言った後で、むせんでいる。 「大丈夫ですか?」 と心配しつつ、リーディは実のところ驚いている。確かに激しく胴を打つことには打ったが、咳き込むほどのことではない。 (思い切り打たれたことがないんだろうか) とリーディは思った。 「少し待ちます」 「いいえ」 オルフェは承知しない。 「二本目を始めます」 息が整ったらしく、オルフェはもとのように中段に構えている。 リーディも構えた。が、 (これは負けた方がいいかもしれない) と思い始めている。実情がどうかは分からないが、道場の者は多少なりともオルフェに対して遠慮をしているようだし、それにこの娘は負けたとなればどういう行動に出るか分からない。 とはいえ、わざと負けたとしてこの娘が承知するかどうか。 (どうも無理そうだな) と、思った。オルフェは真剣なのだ。 などとリーディが考えるうちに、オルフェは澄んだ気合をかけて打ちかかって来た。 リーディは半歩下がってかわしつつ、オルフェが小手打ちに来たところを鍔元で防ぎ、そのまま圧し、引き際に面をとった。 「……」 オルフェはちょっと触れがたいような無言で立っている。こうもいいようにやられてしまったのが悔しいらしい。 が、リーディは面をとって、 「僕の負けですね」 と微笑した。何故、負けなのかは分からないが、その微小がやわらかで、見ている者としては不思議と納得してしまう。 オルフェはその微笑を見て、ちょっとドキッとする思いだった。
リーディはその後、何度も人を斬った。 室内に踏み込んで斬ることもあったし、路上で斬ることもあった。相手の護衛と斬り結んで危うく斬られそうになったこともある。 斬るごとに、黒い汚点(しみ)のようなものが心にこびりつくような気がした。が、この少年は暗く憂鬱に沈み込むような真似はしない。 努めて、笑っている。 明るく振舞うことが、リーディの贖罪のようなものであった。むろん、それで罪があがなわれるとは思っていない。罪を肯定した上で、立ち止まらずに、先に進む。 「ラクス・フィオールの顔を見ておけ」 とリーディが言われたのは、この頃のことである。 ラクスとは、むろんこの時より三年ほど前にセルフィドへ侵攻し、その後失脚したあの男のことだった。ただし一年前に軟禁を解かれ、中央の政界に戻っているという。 リーディが村を出ることになった直接の原因は、この男にあると言っていい。 「そのラクス・フィオールの?」 「ふむ。二週間後に夜会を開くというから、これを機に見ておくといい。……いずれ斬ることになるかもしれん」 と、ヴォレスは声をひそめて言った。 リーディがエディス・リアラルと出かけたのは一月二十六日のことで、冬の最中だから雪が降っている。 「セルフィドの雪もクレンフォルンの雪も、あまり変わりませんね」 と、リーディは雪の上を歩きつつ言った。雪が月の光を反射していて、夜道でも十分すぎるほど明るい。 「雪なんてどこも同じさ」 エディスは、そっけない。 「それより妙なことは考えてないだろうな?」 クレンフォルンに対して同情し始めたのか、と言うのだ。 「違いますよ」 と、リーディは笑った。 「ならいい」 エディスは、黙って歩いて行く。今日はこの男が案内役なのだ。 夜会の会場となるラクス・フィオールの館に二人が着いたのは、午後八時頃のことである。今夜の夜会はラクスの誕生日を記念してのものであり、リーディとエディスは大使館からの招待客として参加することになっている。 招待状を渡して中に入ってみると、すでに招待客の大半は集まっているのか、広いホールは大勢の人で満ちていた。 エディスはその中の何人かを指さして、あれは何々、あれは誰それという風にリーディに説明してやった。むろん、どれもクレンフォルンの要職者である。 リーディは物覚えのいい方で、一度聞いた名前でも容易に忘れない。すぐに名と顔が一致するようになって、後はエディスと別れて黙然としていた。エディスには別に役目があって会場を歩き回っているのだが、リーディは後、ラクスの顔を見るだけの用しか残っていない。 (……) やがて宴半ば、といったところでラクス・フィオールが二階の手すりの所に現れた。 (あれが……?) と、リーディが思わず拍子抜けするほどの温和そうな人物で、今日で五十八になるという。遠目に見るといかにも気のよさそうな初老の人物で、とてものこと三年前に無用の侵略を起こした人物には見えそうになかった。 (あれが、ラクス……) とリーディはもう一度思いながら、視線を脇に転じてみた。 ラクスの隣に少女がいる。 赤いドレスを着ているらしいのだが、ずいぶん軽やかで、明るい印象を受けた。遠目にはよく分からないが表情が明るく、妙に気になる娘である。 (誰だろう?) とリーディが思っていると、ちょうどエディスが通りかかった。 「あれは、レノ・フィオールさ」 エディスは、やはり知っていた。 「フィオール、というと息女……?」 「いや、養女ということだ。しかしラクスはあの娘を一番可愛がっているらしい。確か、今年で十七になるはずだ」 興味もなさそうに答えた。 「そうですか」 リーディも、別にそれ以上の興味はない。 そのうち、夜会が進んでダンスということになった。 (嫌だな) とリーディは思っている。踊れないわけではないが、こういう場で見知らぬ人と踊るというのは、どうにも気恥ずかしい。 結局、会場二階のバルコニーに出てぼんやりとしていることにした。 それが、しばらくして、 「あの」 と、突然声をかけられた。 「なんでしょう?」 振り返った時、リーディははっとした。 レノ・フィオールがそこに立っている。 栗色の髪の華奢な少女で、丸いつぶらな瞳をしている。顔立ちはまだ幼げで、全体に明るい感じがした。 「あの、何か……」 と言いつつ、リーディは自分が妙にどぎまぎしていることに気づいている。 「えと、あなたのこと、ちょっと気になったから」 と、レノは笑いながら、丸いはずんだ声で言った。どこか、子供っぽい印象がある。 (僕が……?) とリーディは思ったが、それが表情に出たのだろう。うん、というふうにレノは頷いて見せて、 「何だか不思議なの、あなただけ。周りの人と、少し違う。とても暖かい微笑をするくせに、見てるとなんだか寂しくなる。だから、妙に気になって……。変かな、これって?」 言って、レノはちょっと赤くなっている。この娘は好奇心が強すぎるくらいにできているが、かといって貴族の娘がこうした言葉遣いや行動をしていいものかどうかくらいは分かっている。 リーディもちょっとおかしくなって、 「変でしょうね、多分」 と笑った。まったく、これでは町中の娘と変わらない。 レノもくすくす笑いながら、 「あなただって、変」 と言った。 「すごく優しい顔をしているのに、剣なんて持って……それ、本物なんでしょう?」 「飾りですよ」 リーディは慌てて、 「使えやしません」 「うそ。魔法剣ていうんでしょう、それ」 レノは笑って、 「剣術、やってたの?」 リーディは困ったような微笑を浮かべながら、 「ええ」 と答えてやった。レノの表情があまりに嬉しそうだから、ついしゃべらせてみようという気になるのである。 「強かった?」 とレノはまた別なことを訊いた。 「さあ」 強かった、と言えるほどリーディは自我の強い男ではない。 「強い人なら、周りにいましたよ」 「うそ」 と、レノはまた笑って、 「またうそついてるでしょ。分かるんだから」 (そうなのかな) とリーディの方が思ってしまうほど、レノの表情は明るい。 その後二、三時間ほども二人は一緒にいたが、夜会の終わる気配があって、 「そういえば、まだ名前も聞いてなかったね」 と、レノが言った。 「リーディ、リーディ・オルリアス」 「私はレノ。レノ・フィオール。また会えるといいね、リーディ」 手を振って、別れた。 リーディも小さく手を振りながら、妙に寂しいような、甘酸っぱいような、不思議な感覚が体に満ちているのが分かった。 (なんだか妙だな) と、自分でも思っている。
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