[どこまで行くんですか]

「どこまで行くんですか?」
 と、アリスは訊きました。なんといっても、もう砂漠を二百キロも歩いているのです。砂漠の大部分は固い礫だと言われていますが、アリスが今歩いているのはさらさらした砂の部分でした。
 アリスの両手は手錠でつながれていて、それは目の前でゆっくりと走っているバイクにつけられています。それは現在ではほとんど見られない古い型の物で、二つのタイヤで動くものでした。太陽光とエアーで動く現在のバイクからすると、それはいかにも野蛮な感じがします。
 そのバイクには一人の男が乗っていました。日に焼けないように体全体を覆うマントをかぶっていて、顔にはゴーグルと、口に砂が入らないようにマフラーをしています。バイクに対してそれはきちんとしたカーボン繊維で作られています。
 アリスの格好はそれに比べるといささか奇妙なものでした。服はノースリーブのシャツで、ソフトジーンズをはいています。もちろんアリスはクロイド社製の人造ロボットで、どんな服装であろうと関係はありません。摂氏千度の高温からマイナス五十度の低温にも耐えられます。けれどこの服装はあまりに奇妙でした。今さっきまでどこかの街にでもいたようです。
 時速八キロほどでゆっくりと走るバイクについて行きながら、アリスはそのサイドミラーに映った自分の姿を確認してみました。
 服装は今いった通りですが、黒い髪はポニーテールにされていて、目は青く、年齢は十四五歳といったところでした。もちろん、見た目にはごく普通の少女です。骨格は強化樹脂で作られ、頭脳は第五世代型のバイオコンピューターで作られていますが、外側は人工強化皮膚で覆われているのですから。
「私をどうするつもりなんですか?」
 と、アリスは訊きました。けれど男は答えようとする様子すらありません。
 そこで仕方なくアリスは自分で考えてみることにしました。実のところアリスにはここに来るまでの記憶がありません。どの工場で作られたかということや、自分の型番についてのデータはありますが、経験記憶に分類されるものは一つもありませんでした。とはいえ基礎知識データと論理記憶はあったので、現在の状況を類推することはできます。
 そこでまず、アリスは現在の自分に対する情報を整理しておくことにしました。
 アリスはまず、日常生活に対応したロボットです。戦闘用でも局地使用タイプでもなく、ごく一般的な都市生活に関するプログラムが組み込まれていました。
 とはいえ運動能力レベルは通常人よりはるかに優れているので、アリスをつないでいる人間を絞め殺すことくらいはできるかもしれません。最も、人間に対する殺傷行為は最高レベルのセキュリティがかかっているので実際には不可能でした。
 いずれにせよアリスの製造仕様からすれば、この状況はかなり場違いで奇妙なものです。
 次にアリスは、現在の状況について考えてみました。
 とりあえず見た限りでは、一面の砂漠の中にいます。特に目に付くようなものもなければ、おかしなこともありません。ごく一般的な砂漠の光景です。
 アリスは目の前の人物について考えてみました。
 ゴーグルとマフラーのせいで細かい年齢は分かりません。背の高さと骨格の様子からすると二十代後半といったように見えます。肌の色は黄色人種で、日に焼けていないところを見ると、こうした砂漠を走っているのはそう長い時間ではないようでした。
 バイクを見ると、荷物は一切ありません。食糧も、水さえもありませんでした。しかしサーモグラフィーで見る限り、体温は普通の人間のもので、だとすれば近くにそういった補給場所が存在することになります。
 現段階で決定的なことは何なのか、アリスは考えてみました。
 まず第一は、男が自分を壊すつもりではない、ということです。そのつもりだったらもっと手っ取り早い方法がいくらでもありますし、それにこんなことをしてもアリスが壊れることはありません。
 第二は、自分が拘束されているということです。つまり男は自分の持主か、もしくはそうした権限を持った人間なのでした。
 そこまで考えて、アリスは一つの結論に達しました。
「これは私の起動テストですね」
 と、アリスは訊きました。
 男はバイクを止めて、それから振り向いて左腕を見ました。
「一時間二十七分三十秒。合格ライン、Bランクだな」
 男がそれに向けてしゃべった多機能バンドから、「了解」と言う声が小さく聞こえます。

「やはり一般用ではこのくらいの時間ですね」
 と、一人が言いました。工場の管理ルームの、いくつあるモニターの前です。
「思考パターンも誤差範囲内だな」
 ともう一人が答えました。
「アリス型は安定度が高いですからね。クーリーやウォズニアクはもう少しふらつくんですけどね」
「うちの主力型だからな。三年がかりでの開発だし、こいつがだめになっちゃあうちは終いさ」
「それにしても誰が考えたんですか、こんな試験方法?」
「二十世紀にシュリク・ウォルニコフの提唱した方法だよ。知らんのか?」
「あいにく」
「まったく、学校で何を習ったんだ?」
「さあ、何でしょう?」
 その頃アリスは電源を切られ、出荷するために工場に運び戻されていました。

 これが一体、何の話なのかというのは、あなたが自分で判断することです。
 意味なんてありませんけれど――。

――Thanks for your reading.

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