l         生きがい

    このページでは、老いていく自分を見つめながら、いろいろと感じることを、とりとめもなく、

  思いつくまま、書いていこうと思います。

  書くことによって、少しでも、ストレスが発散でき、穏やかな心で日々の生活が出来れば幸いです。

  ご意見、感想等がありましたら、メール・掲示板でご連絡下さい。

01/09/15】◎2人の素晴らしい80歳の老人たち。(老人の日に寄せて)

9月8日(土)から12日(水)までの5日間、

「松島・天童・鬼怒川・華厳の滝・白根山ツアー」の旅に参加させてもらいました。

この旅で、初めてお会いしたFさん、Mさんのお二人は80歳コンビで、参加者の

男性では最高齢でした。この素晴らしいお二人を、紹介させていただきます。

この旅での、非常にお元気で、活動的な行動には、恐れ入りました。

元気なもとは、朝から軽く頂く焼酎の水割り、規則正しい好き嫌いのない食事、色々なことへの積極的な挑戦意欲にあるようでした。

旅の途中で購入したハーモニカで何曲もの曲を披露したMさん。この旅から帰って、

パソコンに取り組んで、デジタルビデオの編集を始められるFさん。

もう、お話をお聞きして、驚くばかり。お手本にして生活していきたいです。 

お二人の益々のご健勝を心よりお祈りいたします。

旅そのものは、台風の影響で散々でしたが、心温まる楽しい旅でした。

  ビデオマンFさん。        Mさんのハーモニカ

 

 

01/06/30】◎アクセスカウンター「10,000」記念

1999年9月、老人が手探りで、試行錯誤を繰り返し、やっと、1ページのHPを作り、

登録しました。それから、2年間が過ぎようとしています。

この間のIT関連の進歩は、目を見張るものがあります。

この間、大勢の皆様のご指導、ご鞭撻を頂き、ここまで到達することが出来ました。

特に、M様、T様には、絶大なるご支援を頂き、感謝しています。

やっと、自分でも、HPの事が、少し理解できるようになってきました。

今までに、大勢の皆様から受けたご恩義に、少しでも報いることが出来ますよう、

残された人生を頑張っていくつもりです。

何かありましたら、気軽にお言いつけ下さい。

今後とも、よろしくお願いいたします。

 

 

00/06/28】◎岡山空襲から55年

1945629日未明、アメリカ空軍のB29によって岡山市は焼夷弾による空襲を受ける。

私は、当時、岡山市立深柢国民学校5年生で、岡山市東田町18番地に住んでいた。

記憶に残っていること。

「起こされる。家の近くの広場に行く。その広場が危険になり、西川の川辺に移動する。

どのぐらいの時間、爆撃されたのかさだかでない。

暗い空から光の列が連なって、限りなく落ちてくる。最後は、激しい閃光。ただ、怖い。

時々、激しい突風が吹く。雨も降る。すべてが焼き尽くされて、朝が来る。

家跡形もなく全焼、家族5人、身一つで、無事生き延びる。

そして、8月6日広島原爆、8月9日長崎原爆、8月15日無条件降伏、と続く。

少年時代は、3年生で父病死、5年生での空襲で全て焼け。郷里に帰っての生活は、

激しいいじめと厳しい貧乏な生活だけが頭にこびりついている。」

 

** 生き延びて55年、齢65歳。今が一番幸せのような感じがしている。

苦労して、私を育てた、母90歳で健在、元気でボランティア活動している。

 

しかし、人間の歴史は、なぜ、戦争・戦争なんだろう。

豊かな心の育たない動物なのだろうと、不思議に思う昨今です。 **

 【2019/06/30】上記から19年経過しています。
私も84歳になり、当時の記憶は相当に薄れてきています。今思うことは、このような状態で「一億総玉砕」を振りかざしていた大人が大勢いということです。なせ゛、戦争をやめようと思わなかったのでしようかね。悲惨な人間同士を殺しあう戦争は、私は本当に嫌です。
29日未明から正午過ぎまでには、完全に岡山市は焼き尽くされたと思います。一晩近くの空き地で家族5人で寝たと思います。30日は焼死体探しをした記憶があります。家の近くの人も見つかったです。
そして夕方、親戚の人が迎えに来てくださり、その人について妹と2人で暗くなっていく道をとぼとぼと2時間ぐらいかけて白石まで歩いていきました。何かその時感じたと思います。また、郷里に帰っての生活は、激しいいじめと、厳しい貧乏な生活だけが頭にこびりついている。こうして今の私の人間性が作られたのだなーと思っています。皆さんにお世話になってここまで生きてきたことに感謝し、残り少ない日々を送っていきたいです。

 

00/06/17】◎友情の週間

メールを通じて、素晴らしいお話が送られて来たので、紹介します。

《後からわかったのですが、このメールは、次から次へと送られた迷惑メールであったようです。しかし、内容的に、私は素晴らしいと思いますのであえて載せておきます。》

 

「  次のような銀行があると、考えてみましょう。

 

その銀行は、 毎朝あなたの口座へ86,400ドルを振り込んでくれます。

同時に、その口座の残高は毎日ゼロになります。

つまり、 86,400ドルの中で,あなたがその日に使い切らなかった金額はすべて消されてしまいます。

あなただったらどうしますか。もちろん、毎日86,400ドル全額を引き出しますよね。

 

僕たちは一人一人が同じような銀行を持っています。

 

それは時間です。

 

毎朝、あなたに86,400秒が与えられます。

毎晩、あなたが上手く使い切らなかった時間は消されてしまいます。

それは、翌日に繰り越されません。

それは貸し越しできません。

毎日、あなたの為に新しい口座が開かれます。

そして、毎晩、その日の残りは燃やされてしまいます。

もし、あなたがその日の預金を全て使い切らなければ、あなたはそれを失ったことになります。

過去にさかのぼることはできません。

あなたは今日与えられた預金のなかから今を生きないといけません。

だから、与えられた時間に最大限の投資をしましょう。

そして、そこから健康、幸せ、成功のために最大の物を引き出しましょう。

時計の針は走り続けてます。今日という日に最大限の物を作り出しましょう。

 

1年の価値を理解するには、落第した学生に聞いてみるといいでしょう。

1ヶ月の価値を理解するには、未熟児を産んだ母親に聞いてみると いいでしょう。

1週間の価値を理解するには、週間新聞の編集者に聞いてみるといいでしょう

1時間の価値を理解するには、待ち合わせをしている恋人たちに聞いてみるといいでしょう。

1分の価値を理解するには、電車をちょうど乗り過ごした人に聞いてみるといいでしょう。

1秒の価値を理解するには、たった今、事故を避けることができた人に聞いてみるといいでしょう。

10分の1の価値を理解するためには、オリンピックで銀メダルに終わってしまった人に聞いてみるといいでしょう。

だから、あなたの持っている一瞬一瞬を大切にしましょう。

そして、あなたはその時を誰か特別な人と過ごしているのだから、十分に大切にしましょう。

その人は、あなたの時間を使うのに十分ふさわしい人でしょうから。

そして、時は誰も待ってくれないことを覚えましょう。

昨日は、もう過ぎ去ってしまいました。

明日は、まだわからないのです。

今日は与えられるものです。

だから、英語では今をプレゼント(=present)と言います。

今週は、ナショナルフレンドシップ週間(友情の週間)です。

友だちは、とても貴重は宝石です。

それは、あなたに笑顔と、成功するための勇気を与えてくれます。

それは、あなたのことを聞いて、あなたを誉めて、あなたへ心を開いてくれます。

だから、あなたの友達に、どれほど心に留めているかを示しましょう。

このメッセージを、あなたが友達だと思う人に、送りましょう。

そして、もしこのメッセージが戻ってきたら、あなたは友達の輪を持っています。

素晴らしいナショナルフレンドシップ週間(友情の週間)になるように祈っています。」

 :

** 皆さん、如何でしたか。

残り少ない人生を送っている、私にとっては、

一時一時を大事にして、生きていかなければと思いました。

そして、明日が、健康で、色々なことが出来る日として、

また、やって来てくれることを願っています。

このお話をメールして下さった友情に、心から感謝いたします。**

 

 

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